特別児童扶養手当の支給に関する法律
答弁経緯のまとめ
前提情報
1964年(昭和39年)6月26日成立
初期法律名:重度精神薄弱児扶養手当法
ただいま議題となりました重度精神薄弱児扶養手当法案について、その提案の理由並びにその要旨を御説明申し上げます。
政府は、かねてより母性保健対策を講ずることにより精神薄弱児の出生を防止するとともに、不幸にして精神薄弱の状態にある児童につきましては、児童福祉法に基づく児童福祉施策の一環として、児童相談所による相談指導、在宅指導の助成等を行なうほか、精神薄弱児施設または里親制度を活用しての援護の措置を講ずることによって、その福祉の増進をはかってまいったところであります。しかし、これらの諸施策は、かかる児童の将来の自立のための保護、特にその生活及び職業の指導に力点が置かれていたのであります。
今後、精神薄弱児の福祉を増進するためには、これらの児童が家庭にあって介護されている場合には、在宅指導を強化するとともに、特に重度の精神薄弱児の父母その他の養育者には、国の責任において特別の手当を支給することにより、その福祉の増進をはかる必要があると考えられます。かような家庭にある重度精神薄弱児について、国が一定の手当を支給する制度を設け、精神薄弱児対策に一歩前進をはかりたいと存じ、この法律案を提出した次第であります。次に、重度精神薄弱児扶養手当法案の内容について、その概略を御説明申し上げます。
第一に、支給対象者の範囲でありますが、この手当は、日常生活において常時の介護を必要とする程度の精神薄弱の状態にある二十歳未満の児童を監護する父母またはその児童を養育する父母以外の者に支給することといたしております。ただし、その者が公的年金給付を受けることができる場合、または一定額以上の所得がある場合などにおいては支給しないことといたしております。
第二に、重度精神薄弱児扶養手当の額は、一月につき、監護しまたは養育する重度精神薄弱児一人当たり千円といたしております。
第三に、重度精神薄弱児扶養手当に関する費用は、給付費及び事務費とも全額国庫で負担することといたしております。
第四に、この法律の施行期日でありますが、昭和三十九年九月一日から施行いたすこととしております。
以上が重度精神薄弱児扶養手当法案の提案理由及び要旨でありますが、何とぞ慎重に御審議の上、すみやかに御可決あらんことをお願い申し上げます。
私は、先ほど冒頭にお話しのあったことについて一応申し上げて、私どもの考えを申し上げておきますが、この問題が単なる思いつきだとかいうようなことを言われておりますが、実は正直に申して、あの拝啓何々から問題が発したと私は考えておりません。私どもは、前々からも、こういうものはぜひやらなければならぬということを信念的に考えておったのです。たまたまタイミングがそれに合ったということでありまして、世間の関心を集めたのはあれが大きかったとは思いまするが、政府がこれを発意してこういう対策をしようということは、あれにもとを発したのじゃない、前々からこういうことの必要は痛感しておったのでございます。ことに私は、先年来、手をつなぐ親の会等の会合に出まして、これらの問題がいかに家族にとって悲惨なことであり、また社会に対するこれらの人の活動を妨げておるか、こういうことを強く考えておったわけでございます。また、この手当がわずかであって粗末である、こういうことを申されますが、それじゃいままで何をされておったか。出発するときはすぐに悪口を言う、これだけのものでは何にもならぬ。それじゃいままで何をしておったかといえば、何にもしておらぬ。これだけでも私は大きな政府の施策である、かように確信をしております。
また、こういうことは初めてのことでありまして、この法律なりこの予算なりを通すにつきまして、政府部内においても、またわが自民党の中においても、どれだけの困難な論議がかわされたかということも私は申し上げておかなければなりません。ことに大蔵省方面においては、このことは将来に非常に大きな尾を引くのだ、こういうことでこれに対して非常な賛成についてのちゅうちょをされたのでございまして、そういう意味では実は児童扶養手当の法の中に入れていいんじゃないかという議論がありますが、私は将来を考えて、あえてこの独立の法を選んだ。
すなわち私は、重度の精神薄弱児だけを相手にして、対象にして考えたのではありません。これらの成年についてもぜひこの問題の中に包含させたい。すなわち二十歳以上の精薄者については、いまだに福祉年金の支給がない。これらを私は一緒に包含をしたい。また現に、御承知のように、二十歳未満の重度身体障害者については、これはいま何も手当てをしておりません。年金もくれておらぬ。それで私は、たとえこの法律が通っても、今後の問題として成年に達した精薄者の問題が残っておる、また二十歳未満の身体障害児の問題が残っておる、これらも私はどうしても解決をしなければならぬ、こういう責任を感じておりまして、その暁においては、私は、重度精神薄弱児でなくて、重度心身障害者に対するかような制度に補完をさせたい、こういうふうな考え方を持っておるために、いろいろ議論があったが、あえて独立の法律を選んだ。
すなわち出発は小さいが、将来の成長と申しますか、こういうことに非常に大きな期待を持っておるためにかような形を選んだということも、ぜひひとつ御了解を得ておきたいのでございます。
それにつきましてただいまのお尋ねでありますが、とにかくお話しのようなことはたいへん必要なことでありますが、このことは、いわゆる先進国のアメリカにおいてもいまさらこういうことを持ち出して騒いでおるような始末でありまして、どこの国においても同じ悩みを持っておるのでありまして、私ども、いまのこの問題の予防ということは非常に大事なことであるが、まだ研究が非常におくれておる、いまだに日本では、妊産婦の健康管理あるいは出産の場合のいろいろな注意、こういうようなことにとどまっておるのでありまして、まだこれを科学的にほんとうに検討するということは将来の問題に属するので、これは日本ばかりではないと思うのであります。しかし、とにかく出ておる数十万人の者に対する対策は緊急を要する、こういうことでかようなお願いをしておるのであります。
多少冗長にわたって恐縮に存じますが、こういう法律を単独に選んだということにつきましての事情もひとつ御説明を申し上げて、御了解を得ておきたいと存じます。
これはお話のとおり一番おくれている部面で、精薄関係については政治があまり及んでおらぬ、こういうことがはっきり言えるのでありまして、現に収容数等も必要な数の四分の一か五分の一しかないというようなことでありまして、施設そのもについても非常に不十分で、これを施設に引き取りさえすれば一家が救われる、また一家が社会復帰が十分できるということでありまして、施設問題につきましても非常におくれているのを取り戻し、基礎研究をしなければならぬのはお話のとおりでありまして、現にやっと東京小児療育病院でございますか、あそこの脳性麻痺研究所も本格的に私どもも補助いたしたいと思っておりますし、国立秩父学園においてもこれらの研究をようやく始め、精神衛生研究所におきましても同様でございますが、特におくれている分野であるからして、それだけに力を入れてこのおくれを取り戻す努力をいたさなければならぬということでございます。お粗末な法律でありますが、やっとこれでその方面の第一歩を踏み出す、こういうことで、これからこれを拡充しなければならぬということは私ども強く考えておりますので、ぜひひとつ御協力を願いたいと思っております。
いまの問題でありますが、当初私は、これを精神薄弱者、要するに心身障害者というふうにいたしました関係上、これらは大体福祉年金に準ずるもの、こういう考え方で一人千八百円要求を出しておるのでございまして、これは今後とも、少なくとも障害福祉年金との権衡を得るような方向でいきたい、これが厚生省の考え方、したがって、最初は薄弱児だけでなくて、重度心身障害者全部のものを出しましたから、相当の金額になっております。しかし、いずれにしろ金額は障害福祉年金に準ずるものをいたしたい、こういうのが私どもの考えでございます。
これは先ほど申し上げましたように、おとなの子供でありますから、これをいま福祉年金の対象にもしておらぬということは、私は非常に大きな誤りと申しますか、欠陥であると思っております。なぜこれを福祉年金に入れないのだと言うと、まだ世間では、精薄は保険事故じゃない、こういうふうな学問的の理論でございますか、そういうものが出ておりまして、私はこれをぜひ福祉年金の中に入れてもらいたいということを強く主張いたしておるのでありますが、まださような学問的の議論もございまして入っておりません。したがって私は、冒頭申し上げましたようにこの中に精薄者も入れたい、こういうことを考えておったが、それがまだできないのでございます。
それで私、始終精薄関係の方々から聞くことは、親御さんが生きているうちは何とかやっていく。この子を残して私はいかれない、こういう声を始終聞くのでありまして、全く私はそのとおりであると思います。ですから、私は、これをいわゆる保険事故の年金にしなくても、これから先、年金制度等をつくって精薄者だけを何か考える必要があるのではないかということで、私は事務当局にも何かこういうものを検討してもらいたいと言っております。たとえこれを福祉年金に入れても、わずか千八百円にしかならない。将来このワクはふえると思いますが、そういうふうな問題ではなくて、もっと大きな配慮を加える余地はないか、こういうふうなことをやっておりますし、外国でも、最近においては精薄者の特別な年金みたいなものを考えておるところもあるようでありますので、私はそういうふうな別の方途を講じたらどうかというふうに思っております。
いずれにしましても、現在の精薄者については、多少の援護施設や訓練施設があるだけでありまして、この点に大きな国家の手が伸びておらぬ、こういうふうに思うのであります。さしむき私は、せめて福祉年金でも上げられるようにしたいということを考えておりますが、しかしそれ以上の制度を考えなければ十分な対策でない、こういうふうに考えております。
精薄者なりあるいは精薄児の属しております家庭に低所得者が多いことは事実でございまして、これは精神衛生実態調査でも報告がございますから、資料を差し上げたいと思います。
なお、精神薄弱児と精神薄弱者の行政の一元化の問題は、確かにおっしゃるとおりでございまして、現に私のほうの国立秩父学園においては、児童福祉法の中で、満二十歳をこしましてもこの施設に継続して収容ができるというような特別の規定をいたしております。したがいまして、近い将来精神薄弱児と精神薄弱者との行政の一元化を目ざしまして、現在社会局ともいろいろ話し合い中でございますが、大体了解が得られそうでございますから、近い機会にひとつ一元化してまいりたい、かように考えております。
実はこういう精薄児で重度の者が、親がなくなりました場合に——非常に親御さんも不安でしょうし、子供たちにとっても不幸でございますから、大臣から御指示がございまして、生命保険会社といろいろまた相談をいたしまして、イギリスでやっておるような保険でこれを見るというようなことも一案だし、それから親の会で考えておられます精薄金庫と申しますか、親が在世中に能力がある場合に、ある程度掛け金をしておいて、そして親がなくなった場合に、その信託された金で死後のめんどうを見る、専門家にまかせるというようなことで現在計画をいたしておりますが、私のほうでもそれに参加いたしまして、いろいろ相談に乗っておるような状況でございます。
それからコロニーの問題も、結局軽い者、重い者、お互いが共同して、あるいは共済というような考え方で一つの集落をつくっていくというような計画もありまして、これは各地でそういう民間の団体側、親の団体側で計画をいたされておるようでありますから、厚生省として積極的に協力をしたい、後援をしたい、かように考えております。
私もあまりに少ないと思っています。最初とにかくせめて福祉年金に該当するように、また福祉年金の幅もあのまま据え置かれるとは思いませんから、少なくともこれに準じた金額を出したい、こういうふうに考えております。
この多少のいきさつを申し上げれば、実はこの法律なり予算というものは非常に困難でありまして、大蔵省においても最後までこれば絶対認めないということで、いろいろのいきさつの結果やっと通った、こういうことでこの問題に関する限りは針のめどがいかにも小さかった、こういうことでやむなく今年はこれでがまんしたという事情でございますので、御趣旨のとおりに私は思いますから、これの増額等もやはり最近の機会に考えていきたいと考えております。
実は先ほど大臣も申されましたように、この給付額なり給付の条件等は非常に制限的でございまして、児童扶養手当の給付額が第一子が千円であるものでありますから、結局それに右へならえさせられてしまったのであります。
それから所得制限等につきましても、結局児童扶養手当と同じようなことになってしまったわけでありますが、これは御意見のように非常に不満とするところでありまして、何とか今後改善してまいりたいと思います。ただ、私たち児童局が引き受けましていろいろがんばりました結果、この併給の関係で突破口をちょっと認めてもらいましたのは、実は母子福祉年金で、満十五歳になりますと精薄児の子供を、たとえば長男が精薄児で、二男が正常児であった場合に、年齢延長が精薄児にはございませんから、母子福祉年金の併給ができないことになってしまうのでありますが、これをただし書きで救済をいたしまして、満十六歳以上になりましても満二十歳までの間はこの手当が支給できるというようなことを、ただし書きで追加をしたのでありますが、そういうことで、徐々にではありますが、この併給の問題は改善をしてまいりたいと思っております。
いまのお尋ねでありますが精神薄弱児問題についての施策が非常に不十分であった、こういうことは十分反省もし、また私どもは昨日も申し上げたのでありますが、今度こういう問題を当面の課題として取り上げたのは、必ずしもあの手紙によって政府が動いたということでなくて、従前からこういうことの必要を認めておった。そこにたまたまああいう申し出があったということでありまして、前からその必要を認めておったということは特に申し上げておきたいのでございます。特に私自身といたしましても、実は厚生省に参る前からいろいろの機会にこの問題に接触をいたしまして、この点においてほとんど何もしておらぬ、こういうことについて非常に不満を持っておったのであります。とにかくこの内容につきましては昨日もいろいろ御不満が述べられておるのでありますが、一つのこれが前進のきっかけとしてこの施策が十分に拡充されていくように希望しておるものであります。
昨日も申し上げましたように、精薄児に対する施策につきましては従来は施設に収容をして保護するという施策をやってまいっておったのでありますが、軽度、中度の精薄児に対しましてはすでに全県的に施設ができまして、最近におきましてはその内容を職業授産的なものにまで発展せしめておるわけでございます。残されました重度の問題につきまして収容法をどうしたらいいか、単独の収容施設をつくったがいいかあるいは既存の施設を活用して総合的に運営していったがいいか、まだ各国も方針をきめていないようでございます。わが国でもいろいろなことを試みたわけでございますが、結局両建てでいく以外になかろうということになりまして、実は一昨年から単独の重症の施設と既存の施設に併設をするという二本建てでまいっております。
なお親の立場からどうしても子供と一緒に生活をしたいというような人たちもおりますので、在宅の精薄児対策あるいは在宅の重症の精薄児対策につきましてだんだん手を伸ばしてまいりまして、親の会たる育成会に対して国から補助金を出しまして、在宅の精薄児のいろいろお世話をしてきたわけでございますが、これも継続して強化してまいりたいと思います。そうして今回は特に重症の精薄児に対して手当制度を始めるということに相なった次第でございます。
私は昨日もお答えしたのでありますが、私が最初考えたのは、要するに障害福祉年金でひとつやれないか、こういうことでいろいろ相談をしたのでありますが、何かいろいろ議論がありまして、保険事故にはしがたいというふうな議論があって、やむなく私はこの法律を出す前に重度心身障害者、こういうことでいまの手当等の方策を講じたい、かように考えたのでございますが、それがだんだん削られまして、これだけになってしまったということであります。
いま私が主として相談をしたのは厚生省内、厚生省内はむろん外部のそういういろいろの理論を持っておられる、すなわち外部の理論がこうであるというようなことが厚生省内でも議論された、こういうことであります。
いま、外部のほうにも国民福祉年金で取り上げることについて若干の問題があるというあれもございましたけれども、率直に申し上げまして、外部の審議会その他よりは、むしろ私ども事務当局の内部のほうに議論があったように御了解願いたいと思います。それではどういう点が問題になったか、端的に申し上げますと、当初福祉年金の体系でこの問題を扱ってはという話がございまして、私どももいろいろ検討いたしましたが、二つの点から、これはいささか福祉年金のほうでやるのには問題があるのではないか、二つの点から問題にしたのでございます。
一つは、いわゆる保険主義といいますか、保険事故になじむかなじまないかという点で、まずこの点を申し上げますと、御承知のように、現在の福祉年金は制度の立て方があくまで拠出制の国民年金を補完する、拠出制を補う制度として組み立てられておりますので、福祉年金で取り上げるべきものとしては、当然その前に、拠出制の国民年金のほうで保険事故として取り上げるべき性格のものでないと、これとうらはらの福祉年金のほうにも乗りにくいという事情がございます。その点からいいますと、現在生別母子が死別と違いまして、生別ということが人為的な事故で保険事故にはなじまないというような点から、ちょうど扶養手当が福祉年金と別にできておるというのと同じように、精薄という一つの事故は、これは医学関係者の御意見も承ったわけでございますけれども、原則的には二十歳以降には起こり得ない事故である。したがって、二十歳以降の国民を対象とする拠出制の国民年金の保険事故にはなじまないではないか。そうすれば、そのうらはらの福祉年金のほうで取り上げることにも若干問題があるのではないかということが一つでございます。
しかし、これは一部で御指摘がありますように、そんなことを言っても、たとえば現在すでに内部障害で先天性の奇形児なんかもございますし、これを現実に見ておるじゃないかという御意見がございまして、そういう点をおっしゃられますと、確かに理論的にはどこから見てもそれで問題がないということではないので、あくまでこれは原則的な考え方ではないかと思います。しかし、いずれにしてもそういう問題が一つある。
それからもう一つ、いろいろな考えがございましたけれども、当初は精薄というものをおとなにするか子供にするか、いろいろ問題があったのですが、まだいろいろな意見があった段階でございまして、その際に、かりに福祉年金でやるということにいたしましても、第一の問題点は、とにかく一応これは何とか乗り切って福祉年金でやるとしても、どうしても起こってくる問題は、国民年金の体系でやる以上は、二十歳未満の者には年金を出すことはできない、これは制度の立て方がはっきり二十歳以上だけを限定対象にしておりますから、そこに一つ問題があるのじゃないか。
そういったような二つの問題点があったというので、これは国民年金の体系よりはむしろ別の制度でやったほうが、一貫した精薄に対する対策ができるのではないかということで、私どもがいささか消極的といいますか、年金局としてはそういう問題があるということで臨んだわけでございます。
私はあまり率直にものを申し上げて恐縮でございますが、私どもは中で十分に議論を尽くさなければならない、こういう制度をつくるには。私はそういう希望を持っておったが、話し合いの上で、私も一応省内の意見としてはそれに統一した、こういうことでございます。しかし私は今後に望みを持っております。また今度独立の法を出したのも、いま申すような成年以上の者も何とか制度の対象にしたい、こういうことで、中には省内では児童扶養手当法の中に入れればいい、この程度のものであればそれでいいという議論があったのでありますが、それはそれだけで終わってしまう心配がある。したがってまた身体障害の重度の子供も入れたいし、また成年者の精薄者も入れたい。こういうような大きな希望を持っておるので、その火種と申してはどうでありますか、そういうものでもって一応出発したい、こういうことでありまして、ここのところは私は省内の意見をさようにまとめてきた、こういうことであります。いま八木さんの御意見は十分に参照いたしたい、かように思います。
大臣の御答弁は事務局をカバーせられ、大臣の責任を明確にされて、前向きの考え方で努力をするということを言われておる。この点非常にけっこうだと思うわけです。しかし賢明な大臣でございますけれども、さっき言ったような保険事故という俗論がずいぶん多いので、それから権威者といわれる方にそういう俗論を吐いておる連中が多いので、しばしば牽制されると思いますので、なお詰めて、大臣にひとつこの問題について私見を、くどいようですけれども、もう一回申し上げて、御勘考を願いたい。
前にも年金法のときに申し上げましたからもうそんなにくどくは申し上げませんけれども、とにかく憲法第二十五条第一項で、健康で文化的な最低生活を保障するということ、これはもうゆるがせにできない、完全にそれをやらなければならない大前提であります。第二項はそれを受けて、社会福祉、社会保障を推進するということになっているのであって、社会保険を推進しろという文言は一つも憲法に載っていない。社会保障を進めるために、いままで過渡的に社会保険システムがとられておる。第一義的に社会保障を進めるために、その具体的な方法として社会保険システムがとられたのが、それがちょうど下克上になって、いまの社会保険というものが大事なものみたいにいままでの厚生行政では間違った空気が蔓延をしているわけです。それはあくまでも間違いであって、国民年金法やこの法案に関連してだけでなくて、すべての点で、まず社会保障、その方法として社会保険をとっているのであるから、社会保険は社会保障の精神に従って、具体的に申し上げますれば給付が必要な人に給付が完全に無条件でいくという方向、保険料を幾ら払ったとか、払ってないとか、いつごろ、保険料を払ってない時期に事故があったとか、そういうことは一切抜きにして、給付が必要な人に必要な給付が無条件で迅速にすぐにいく。全部がそういかないにしても、それに向かってどんどんと邁進をしていくというふうにしていただかなければならないと思うわけです。
そこで、ここにこの問題に関連してまいりますると、たとえば障害の問題については国民年金法の拠出年金のほうでは、とにかく拠出年金に入ってからの事故という概念に立っておる。ところがこれはあくまでも国民年金法であって、あとで間違った規定があるにしても、国民年金法であって保険法じゃない。社会保障というのは国民年金法でありますから、それから後の障害にしか支給しないという制度は非常に間違いなんです。いままで間違ったほかの制度を横すべりにして持ってきているためにこういう間違いが起こってきていると思う。これはすべての面で改組していかなければなりませんが、特に国民の給付の面においてこれをまっ先に改善していかなければならない。そこでとにかく事故ということばは法律に使ってあるかどうか、私ちょっといま忘れましたけれども、概念にあったとしたら、保険事故という概念ではなしに、給付が必要な状態に給付をするという概念にこれを変えます。変えますれば一切が解決がつくわけです。解決がついて、救われるのは一番気の毒な人が救われるわけです。ほんとうに両眼が見えないとか両足がだめだとか、そういう人たちが救われるわけです。ですから金持ちに給付をするような変わり方ではなしに、一番気の毒な、救いたいけれども現行法上の体系で救えない人が救えるわけですから、そういう概念にぜひ大臣は厚生行政の全体が切りかわっていくように御命令になって、そしてそれをなまけないように御指導になって、推進していただきたいと思うのですが、大臣のお考えをもう一回——大体非常に前向きのお考えを持っておられますが、御決心を伺っておきたいと思います。
これはこの席でも幾度も申し上げたのでありますが、社会保障というものは保険とは違う、こういうことはお話しのとおりでありますが、日本はそれの十分な財源を持たないから、それを併用していま制度ができ上がっておる。国庫負担なり国庫補助がふえてまいるということがいまの問題の解決になるので、たとえば国保のごときも三割以上と、こういうふうにふえておる、国民年金も三割の補助をしておる、この負担がどんどんふえていけば、要するに社会保障の実現になる、こういうことでありまして、私は、いまの国庫負担をふやすということはお話しのような方向にいく一つの道である、こういうふうに考えておりまして、もし十分な財源があれば、お話しのような方向に理想として向かうべきものである、こういうふうに考えております。
これは私は政府部内のお話を多少申し上げておきたいのでありまするが、実はこの問題は全然大蔵省は受け付けません。したがって何度かの事務折衝の間に、最初からほかの予算というものは幾ぶんずつ認めるものでありますが、これは最後まで全部ゼロであったわけであります。それで明日予算をきめようという前に、私が田中大蔵大臣と直接折衝して、ようやくこれだけ大臣の非常にあたたかい考え方によって特に認められた、こういう事情でありますので、あの際の事情としては、わずか三十分か一時間の間に幾つか残った問題を折衝して、そしてその中でこれができたというような——私どもとしては田中大蔵大臣の特別なお計らいでできたということで、非常に感謝をいたしておるのでありまして、この際金額の問題について、大蔵大臣も十分心得ておられますので、お責めになることは私としてはどうも申しわけないことでありまして、これができた、これからの含みも相当ありますので、私のわがままを申せばその問題だけで大蔵大臣をここでもっていろいろ仰せられることはどうかと私は考えるのであります。それでこの問題について大蔵大臣は非常に理解を持っておられるということも、特に申し上げておきたいと存じます。そういうことで金額も私は不足であり、大蔵大臣もこれでいいと思っておりません。その際、もっと申し上げれば、事務当局に非常な圧力を加えて、それじゃこの程度ということでようやくきまったという事情もありますので、その辺の事情はひとつ御了解くださいまして、この際大蔵大臣をお責めになるということは、ひとつ私からお許しを願いたい、こういうふうに存じます。それだけにこの問題について大蔵大臣非常に責任を感じておられるのでありまして、八木委員の言われるような、御期待に沿うような措置が漸次とられる、こういうように考えますので、御了承願います。
この重度精薄児手当法案に関する限りは、実は私のほうは併給、差額支給ということも検討してみたのでありますけれども、大臣同士の話し合いでは従来の児童扶養手当法の基準によって万事きめるのだという条件がございましたから、結局それに押し切られたという事情でございます。従来児童扶養手当法でも、あるいは国民年金法でも併給の規定がないのでありますが、これは同じ所得保障で重複するのはおかしい、もちろん一つの手当てだけで十分な生活ができるということが前提であるはずなのですけれども、将来そういうことになるということを予想して、所得保障が重複するのはおかしい、こういうような抽象的な考え方からこういうことになっておるのではないかと思うのであります。しかし、私のほうでも、大臣が申されましたように、この手当額がいずれも低いのでありますから、差額支給なり併給について今後とも大臣の御指示によりまして努力してまいりたいと考えております。
先ほども申しましたように、社会保障というものが最低限度の生活の保障、一つの制度で最低限度の生活が保障されるということが私は理想であると思いますが、そういうことが前提で所得保障が重複するのはおかしい、こういうことで今日のような結果になっておるのではないかと思うのであります。そこで、同じような性質のものは重複する。しかし先生のおっしゃるように、親と子に対する、あるいは性質の違うものなら重複してもいいのではないかというような御意見でありますが、私も賛成でございます。そこで重複の場合には、むしろ差額支給というような考え方が考えられるわけでありますが、そういう点を突破口にして、実は差額支給もいろいろ財務当局に折衝した経験があるのでございますが、これもなかなか容易ではないのであります。それから、同じような性質ならそういう差額支給が考えられますが、違う性質のものなら私は重複ということも考えられることだと思うのでありますが、現在のところはなかなか話し合いがつかないということでございます。
いまの併給という問題は、先生も言われたように年金という性格と、それから今度の手当というものをどう理解するかによって相当変わってくるのではないか。これは私も詳細に知りませんけれども、厚生省の考え方と大蔵省の考え方は非常に違うかもしれません。その辺のところから変わってくる。それから金額が、現実問題として千八百円と千円で、差があるということで併給はしないという考え方、私もこれはふしぎだなと思うわけでありまして、そういったところに問題があると思います。私のほうも、そういうように、この法律が将来よくなる方向につきましては御協力を申し上げたいと思います。
確かに先生のおっしゃったように、私たちも割り切れない感じを持っておるのです。そこで、重度精薄児の手当の性格を所得保障的なものではないのだ、何か別の知恵をしぼりたいと思ったのですけれども、要するに監護料的なものということになりまして、結局は広い意味の所得保障になるのであります。同じように、老齢年金も障害年金も、所得保障的な同じような性格のものである。したがって、従来の原則に従って併給ができないのだということで、結局理論的にも行き詰まったのですが、そこで監護料と言いながら一種のエンカレッジング・マネー、激励的なものだ、だから所得保障とは少し違うのだという理屈も考えられるのですが、エンカレッジング・マネーと言いながら、結局そういう障害者の所得に関連があるのだから、やはり所得保障的なものではないかということで、これも結局は行き詰まってしまって今日の結果に至っておるわけでございますが、そういう問題も、ひとつ今後はさらに併給なり差額支給の問題なりで前進するために努力してみたいと思っております。
実は精神薄弱児ということばを表に出すことは、精神薄弱児を持った親たちに対する感情上の問題があってどうかという議論がありまして、したがって児童手当法の中に入れたほうがいいのではないか、それが理論にも発展したわけでありますが、しかし、こういうような制度によって親たちも子供を隠さないで、やはり国のこういうような施策を理解して、これを子供のために活用するというようなことに前向きで、むしろ親たちにも向かうべきではないか、また親たちに望むべきではないかということから、精薄児ということばを法律の名称として採用したのでありますが、重度をつけるつけないの問題は、先ほど大臣が申されましたように、大蔵省が子供に限る、しかも重度に限ってということで実質がこういうふうなことになりましたから、したがいまして、法律も実質にふさわしい法律の名前にした次第であります。
私ども精神薄弱児を、施設なんかでいろいろその状態を拝見したことがございます。その中に、程度の強い子供とそうでない子供とがありますけれども、私どもしろうと判断から見て、中度とか軽度に属するような人でも、私どもの考えで見ると相当に親の負担が重い。そのような親の激励手当というものを出す必要があるのじゃないかというふうに思うわけです。重度で縛ることによって非常に幅が狭くなるということは、非常に残念だと思うわけです。重度を題名からはずし、いろいろな項目からはずして、精神薄弱児として認定によって——ことしはこれであっても、将来いわゆる中度あるいは軽度までこれが拡大するという道をぜひつけておく必要があろうと思います。法律の題名としては、このように政府としては出されたわけでございまするから、その問題にずばりと御答弁される立場にないと思いますが、考え方として、われわれの考え方と同じような考え方をしていただかなければならないと思いますが、それについての厚生大臣の御意見をお聞かせいただきたいと思います。
社会保障制度審議会の答申を尊重するのは当然でありますが、私どもは、この重度精薄問題につきまして、理想的にいえば、やはり収容ということが一番いいと思うわけです。ただこれは、事実問題としてなかなかできない。非常にたくさんの経費を要することでありまして、理想はそこにありまするが、当分、そこまで持っていくことはなかなか困難でございます。したがって、在宅の方は、やむを得ないで相当期間これからもまた継続される、こういう方はそのまま放置できない、こういうことでやはり手当、こういう制度も併用するということはやむを得ない。しかし、できるだけの収容施設をつくって、そして入ってもらおう、こういうふうな方向で進むべきであると私は考えます。しかし、それまでなかなかできませんからして、これもある程度やむを得ない。金額については、私どもも、いまの福祉年金に相当する千八百円を提案したのでございますが、これが実現を見なかった。この点も厚生当局としては非常に不満足でありまして、今後の拡大をぜひしなければならぬ、こういうふうに考えております。またこの問題について、わずかな金について所得制限等も私どもは不満足であります。これらもできるだけ緩和していきたい、こういう考え方を持っておりますが、とにかく毎々ここで申し上げましたように、出発におきましてはいろいろなこういう制約を受けたが、とにかく出発させたい、こういうことで、やむなく政府部内の話としてはこういうことでまとめたのであるが、厚生当局としては、これらについてはきわめて不満足であるので、これからこれの改善拡充をしたい、こういうふうに考えております。
いや、あるなしではない、そういう事実を申し上げているのです。そういうことで、最後まで大蔵省はこれを承認しない。最後の段階でようやく私と大蔵大臣の折衝で、とにかく針のめどの小さいところを通るためには、やむを得ず何かの点で、妥協と申しますか、話をつけなければならぬ、こういうことで、お話のように二十歳以上の精神薄弱者は除かれている。これは私は政治の面の非常に大きな欠陥だと思っております。しばしばこの席で申し上げておりまして、これは直さなければならぬ。いずれかに、とにかく入れなければならぬ、こういうことを厚生当局は強く考えておるのでありまして、お話のとおり、これはもう私どもとしても、このままでは絶対に推移せしめることはできない、こういうふうな考え方をいたしております。
これは第二条に書いてありますように、「重度精神薄弱児の生活の向上に寄与することを趣旨として」ということで、今度の手当の趣旨が明記してあるのであります。大体介護料的な意味を持つものというふうに私どもは解しております。したがいまして、重度の精神薄弱児の介護的なために用いてほしいという規定でございます。
これはやっぱりいろいろ欠陥のあることはわかっておりますが、私ども、まずもってこういう出発をして、これから改善をしていきたい、こういうことで出ておるのでありまして、御意見等は十分承っておきたいと思います。
私は、自由民主党、日本社会党及び民主社会党三派共同提案にかかる重度精神薄弱児扶養手当法案に対し附帯決議を付するの動議を提出いたします。案文を朗読いたします。
重度精神薄弱児扶養手当法案に対する附帯決議
政府は、精神薄弱者対策の重要性並びにその著しく立ち遅れている現状にかんがみ、左の各項につき急速に実現する為、立法上行政上予算上の措置を強力に進めるべきである。
一、精薄者発生の原因究明と予防並びに能力向上社会復帰のため、一貫した研究機関の充実をはかるとともに、その他精薄者福祉のため万般の措置を講ずること。
一、精薄児および精薄者の施設を充実して、可及的速かにいやしくも入所希望者が入所できないことのないよう措置すること。尚、養護学校および特殊学級の増設充実をはかること。
一、施設従事者および在宅指導者の養成および待遇の改善につき、最大の努力を払うこと。
一、精薄者を年金手当等の給付の支給対象とし、本法の手当については、対象の拡大、要件緩和、金額増加等抜本的改善につき検討すること。尚各種年金および年金制度の合理的な併給を行なうことにつき、検討を急ぐこと。
一、精薄児施設に入所中のものが、二十才を越えても必要ある場合は引続き在所できるよう取計うこと。
以上であります。
何とぞ委員各位の御賛同をお願いいたします。
ただいま議題となりました重度精神薄弱児扶養手当法案について、社会労働委員会における審査の経過並びに結果を御報告申し上げます。
本案は、重度精神薄弱児が置かれている社会的状況にかんがみ、これらの児童が家庭にあって介護されている場合には、在宅指導を強化するとともに、特に重度精神薄弱児の父母その他の養育者には、国の責任において特別の手当を支給する制度を設け、おくれている精神薄弱児対策を一歩前進させようとするものであります。
第一に、この手当は、日常生活において常時の介護を必要とする二十歳未満の精神薄弱児を監護する父母またはその児童を養育する父母以外の者に支給すること、ただし、その者が公的年金の受給者である場合または一定額以上の所得がある場合には支給しないものとすること、第二に、重度精神薄弱児扶養手当の額は、一人につき月額千円とすること、第三に、手当の支給に要する費用は、給付及び事務費とも全額国庫負担とすること、なお、本法の施行期日は昭和三十九年九月一日とすること等であります。
本案は、去る三月十九日本委員会に付託となり、本日の委員会において、質疑を終了いたしましたところ、重度精神薄弱児扶養手当の受給者本人の所得による支給制限額を十八万円から二十万円に引き上げること、及び公的年金給付との併給につき支給要件を緩和することについて、自由民主党、日本社会党、民主社会党の三党共同の修正案が提出され、伊藤よし子君より趣旨の説明を聴取いたしました後、採決の結果、本案は修正議決すべきものと議決いたした次第であります。
なお、本案に対し、松山千惠子君外二名提出にかかる三党共同の附帯決議を付することに決しました。
これは何かの機会に申し上げたと思いますが、厚生省として、重度心身障害者手当法、こういう名前にして提出をいたしたのでありますが、大蔵省が非常な強い反対をいたしまして、この法案全体を認めようとしない。したがって、やむなく私は子供だけに譲ってこの際はこの法案を成立させたい、こういうことでありまして、私は、たてまえとしましては二十歳以上の身体障害者は現に障害年金をもらっておる。私の考えとしては、何とか理屈をつけてこれに福祉年金を上げるようにしたらどうか、こういう考えをいまは持っております。法案を出すときは全部一緒にしたいと思いましたが、どうしてもそれは政府の中で話がととのわなかったので、やむを得ず子供だけにしてしまった、こういう結果でありまして、衆議院等でも附帯決議でもって、二十歳以上の精薄者を必ず何らかの対象にして手当あるいは年金を支給する必要がある、こういうことを言われておるのでありまして、私も全くその点同感であるのでありまして、どういう形にするか、次の機会にはとにかく二十歳以上の精薄者も解決をしたい、こういう決心をいたしておるのでございます。
私は、お互いにこうした子供のために心を痛めることを、一人でもこうした子供が生まれないような方向へさらに施策を進めていくべきであるということを考えておりますので、この点につきましては抜本的な対策をお立ていただきたいことを強く要望いたしておきます。と同時に、この重度精神薄弱児の扶養手当でございますが、これだけの子供をかかえて苦労しておいでになる、しかも、常時介護を要する者、これらに対して月千円というような額はどこから算定された額でございましょうか。普通の母子家庭における児童の手当ですね、それも千円なんですね。これすら私たちは千円ではあまりにばかにしていると思っております。ところが、常時介護を要する子供です。国施設があればそこへ入れて、あたたかく保護していかなければならないはずのこの子供たちに、たった月に千円、これで重度精薄児対策なれりというようなことでは、あまりにもどうもみみっちいと思う。どこからはじき出した千円の額であるか、これを伺わせていただきたい。
どうもそれはお話のとおりでございまして、一面から見れば人をばかにしたと、こういうことも言われるのでございますが、私どもも、初め、実はせめて福祉年金並みの千八百円でいきたい、こういうことを強く要望いたしたのでございますが、何ぶんにもこのことが初めてのことでございまして、いわば初めて通すには針のめどが小さい、したがって、できるだけからだを縮めてようやく通ったと、こういうようなことでありまして、正直に申しまして、これではもうきわめて不十分でありますが、しかし、とにかく出発といたしましては、いままで何にもあげていないのだから、この程度でもって出発して、私はこれを急いでひとつ増額をしたい、こういうふうに考えて、とにかくこの際は恥をしのんだと申しますか、とにかく出発だけはいたしますということでやったと、ひとつこういう事情を御了察いただきたいのであります。
なお、私は、先ほど二十歳以上の精薄者のお話がございましたが、これは福祉年金に入れるかここに入れるか、いずれにしろ、ぜひ何とかしなければならないと思っておりますが、もう一つ大きな問題は、二十歳未満の身体障害者が漏れておりますが、これは初め私はこの中へ入れておったのでありますが、結局それを一応除外をされたということで、今後残っておる大きな問題としては、とにかく二十歳以上の精薄者、それから二十歳未満の身体障害者、二十歳以上の身体障害者は、現に障害福祉年金をもらっておりますが、その以下の子供さんたちには、やはり国が手を差し伸べておらない、こういう事情で、この二つはまだ大きく欠けている。こういうことは国会方面においてもぜひ御協力を願いたいと思いますが、さしむき、そういうわけで、とにかく何にもなかったものをこれだけ出発させてもらうのだということでやったという事情、これはこのままではいけないので、すぐ次の機会にでも範囲を広げること、金額を増すこともやらなければならない。実は、これだけのものであればこんな特別の法律をつくらないで、いまの児童の扶養手当法、のほうへ入れたらいいじゃないか、こういう議論もありましたが、私は、そこへ入れてしまったらそれだけでしぼんでしまう、これから大きくするためには、とにかく特別の法律をつくりたい、こういう厚生当局の特別の考え方でこういうふうな単独法をつくっていただいたのでありまして、これは将来のそういうようにふくらみをもって出発しているのだというふうにひとつ御了承を願いたいと思います。
私もそう思います。ところが、この際、私が負けてしまったと、こういうことで、私もこれは適当でないと思うのでありますが、いろいろ手かせ足かせをつけられて、やむを得ずこれだけになった、こういうことで、お話のように、私もこれは適当でない、しかるべきときにやはり直さなければならないというふうに考えます。
精薄児の問題の最後の問題は、扶養者の死亡後の問題であると思いますが、実は、政府でも親の会と協力をいたしまして、イギリスでやっておりますような任意保険、生命保険の活用、それから精薄財団と申しますか、親が生前何らかの拠金をしておきまして、親が死亡した場合に、それを専門機関に預けて精薄児の将来の問題をみていくというようなやり方、それと、お説のように、西ドイツでやっておりますような精薄者の村をつくって、そこでお互いが自活していくというようなやり方、それが親の会とも協力をいたしまして検討いたしておりますが、特にコロニーの問題では、親の会のほうで関東に一つの試みをしようというので、厚生省としても積極的に御援助申し上げておりますが、最近ではまた九州地区でそういうような計画もぼつぼつ検討されておるようでありますから、厚生省としても積極的に応援してまいりたいと思います。ただ、国が直接やるというようなことには、なかなか財政当局の了解も得られにくいと思いますので、やはり精薄児を持った親の人たちの協力を前提にいたしまして、納税者の御協力を仰いで国から助成をするというような行き方でやろうということで、いろいろいま検討している最中でございます。
重度精神薄弱児扶養手当につきましては、こういう障害の重い子供さんを持っておる扶養者につきまして手当を出すということでございまして、そういう面からいたしますと、現実には、そのために非常に金を使っておるという面も多々あろうかと思うわけでございます。ただ、本来の扶養手当の性格につきましては、成立の当初から問題がございまして、所得保障であるのかあるいは特別の介護費であるのか、こういう点が議論になったわけでございます。そういう面、私どものほうでもいろいろ検討した結果といたしまして、やはりこれは特別介護という面を主として考えるべきではないか、所得保障というよりも介護費という面で考えるべきではないか、こういう性格づけをいたしたわけでございます。そういう点からいたしますと、精神薄弱児のみならず、重度の身体障害児にも及ぼすべきである、また、所得制限の大幅な緩和、あるいは公的年金をもらっておりましてもこれをあわせて支給する、こういうふうにやっていくべきではないかということで、手当の額ももちろん大事でございますけれども、性格を明らかにするという面で範囲の拡大ということを今年度は実現したわけでございまして、今後につきましては、所得制限の緩和あるいは公的年金の併給ということでこの手当の性格を明らかにしていきたい、かように考えておる次第でございます。
まず第一点、今回の法律の改正によりまして、重度の精薄児だけでなしに、重度肢体不自由児あるいは重症心身障害児までに特別扶養手当を出すということは、収容施設へ入れないで家庭にこれを置かせるための一つの措置というか、そういうことではないかという御質問があったのでありますが、これは、さような考えは私ども全然持っておりません。基本的には、先ほど申し上げましたように、そういうお子さん方のため、またその家族を、養育に伴う非常な精神的、肉体的、また物質的な重荷から解放してあげねばいかぬ、こういう気持ちを持っておるのでありまして、できるだけ年次計画をもって収容施設を整備していく、国立のものを整備する、同時に、あるいは都道府県、市町村、あるいは民間のそういう収容施設をおつくりになる場合には、できるだけ国として助成の措置を講じて、収容施設を全国的に整備をはかる、これが基本的な方針であるわけであります。ただ、そう申しましても、一ぺんに全部の方々を収容するような施設をつくるということは、看護要員その他の問題等もございまして、これはなかなか困難な問題でございます。そこで、そういう施設を整備するという基本的な考え方と並行いたしまして、在宅のお子さん方に対しましても看護費の一部に充ててもらいたい、こういうことで今回の改正をいたした次第でございます。
それから第二の問題でありますが、そういう収容施設で働いてくださる看護要員、これは非常に御苦労の要る困難な仕事でございます。そういうようなことでございますので、ただいま人事院と、特にこの問題につきましては話し合いをいたしておるのであります。調整号俸の問題あるいは特別手当の問題、いろいろ人事院とも折衝いたしておるのでありますが、来たるべき公務員の給与改定の際には、この問題につきましても特別な配慮をしてもらいたい。また、そういうことになるように私どもも最善を尽くす方針でございます。国立の施設でそういう改善がなされますれば、それに準じて、今度は公立あるいは民間のそういう収容施設でお働きになる看護要員に対しましても、運営費の補助等におきましてはそれに準じた措置をとってまいりたい、かように考えておるのであります。 第三の、そういう気の毒な子供さんが生まれないように根本的な研究をやるべきではないかということは、全くそのとおりでございまして、今後、母子保健法の実施も見たわけでありますから、妊産婦等の健康管理等につきましては万全を期し、また、医学的にもそういう原因の探求ということに今後十分意を用いて、総合的な施策をやってまいりたいというふうに考えておる次第でございます。
所得制限の問題につきましては、特別扶養手当が介護のための手当、ちょうど施設に収容いたしました際における特別介護費、これに相当する意味合いのものでございますから、伊藤さんが御指摘になりましたように、所得保障とかそういう性格のものではない。この点からいたしまして、私も、できるだけ所得制限等は将来撤廃するようにしたい、こういう考え方で今後この特別扶養手当につきましてはよく各方面の理解を得るように、そういう方向に進めてまいりたい、こう考えております。
この特別扶養手当は、先ほど申し上げましたように、介護料という性格をまずはっきりさせる必要がある、そういう意味合いから、この制度を改善いたします場合に私ども重点をどこに置いたらいいかという問題になるのでありますが、一つは、やはりその性格からいって所得制限を撤廃するということ、母子福祉年金だとかあるいは児童扶養手当であるとか、そういう所得保障的な制度と併給をさせる、こういう改正に一番重点を置いてぜひやりたい、私どもはこう考えておるのであります。
〔齋藤委員長代理退席、竹内委員長代理着席〕
金額につきましては、これは多いに越したことはないわけでございますけれども、ます制度として介護料的な性格をはっきりさせて、そしてそういう観点に立てば、所得制限を撤廃するとかあるいは併給の道を認めるとか、そういう点に重点を置いた改正をしたい。また、金額につきましても、私は決して千二百円が十分だとは思っておりませんので、この引き上げにつきましても妥当な改善ができますように今後努力いたしますけれども、順序からいたしますならば、いま私が申し上げたような心がまえでいきたい、こう考えております。
特別児童扶養手当は、重度精神薄弱児等の子供の生活に寄与する、こういう趣旨に従来なっておりまして、所得保障の一部なのか、あるいはこういう気の毒な子供さんの介護に相当手がかかる、費用もかかる、その一部を補助する、こういう趣旨なのか、その辺が両面を持っておるのか、きわめて明確を欠いておったように私思うのでございます。今回重度精薄児だけでなしに、重度の肢体不自由児あるいは重症心身障害児に範囲を広げるにあたりまして、私どもいろいろ検討いたしました結果、これは実態からいって介護料の一部を補助をする、こういうぐあいに考え、そういう制度として今後拡充していくはうが適切ではないか、このように考えた次第であります。したがいまして、今後は所得制限等は撤廃をいたしまして、全部のそういう子供さんにこれを支給する方向で今後さらに努力していきたい、こう考えている次第でございます。
特別児童扶養手当につきましては、御説のとおり単純な所得保障ということでなしに、これは介護料的な性格を多分に持つのでございますから、したがいまして、所得制限等によって支給されないものが多数出てくるということは、この制度の性格からいって適当でない、私もかように考えておる次第でございまして、今後は特別介護料という性格をはっきりさせまして、支給制限の撤廃をはかるという方向で努力をいたしたいと考えております。
先ほど吉川さんからもお話がありましたように、重症心身障害児を持っております御家庭の苦労ということは私どもよくわかるわけでありまして、さような観点から今回は全国で十一カ所、五百二十ベッドの国立の収容施設を設置することにいたしたのであります。今後この施設を五カ年計画で少なくとも五千床に拡充をしていきたい、このように考えているわけでありますが、そういう収容施設をつくりましても、なお全部の子供さんを施設に収容することができない。そこで、在宅の子供さんに対する特別扶養手当の支給ということをあわせ行なうわけでございますが、この点につきましては、所得制限が本来あるべきものではない。これは、ちょうど施設に収容した場合の介護料に相当するような性格のものでございますから、お説のとおり、私は昭和四十二年度の予算編成にあたりましては、ぜひこの所得制限の撤廃ということにつきまして最善の努力を払いたいと考えておる次第でございます。
四点ばかり御指摘がございましたから、順次お答えを申し上げます。
第一点の、児童が一人の場合に、児童扶養手当の額と母子福祉年金の額が三百円開いている、問題ではないか、こういうようなお話でございます。確かに三百円の開きがあるということは問題であるという問題意識は、私ども十分持っておるわけでございます。考えてみますると、児童扶養手当と母子福祉年金というものは、その成立の過程におきましても、あるいは目的におきましても、多少変わっておる、全く同じでないということも言えるわけでありますが、何といたしましても児童一人の場合に差があるというのは問題でございますので、今後ともこういった点につきましては努力してまいりたいと思います。しかしながら、基本的にはやはり児童手当の創設の問題ともからんでおりますので、そういった際に基本的な検討をいたしたい、かように考えておるわけでございます。
それから第二点でございますが、特別児童扶養手当の性格の問題でございますが、これは、御承知のとおり、特別児童扶養手当という制度が、重度の精神薄弱児なりあるいは重度の身体障害児を持っている家庭におきまして、特別にそういった子供に介護が必要であるというふうな実態に着目いたしまして、心身障害児対策の一環としてその父及びその他の養育者に対しまして手当を支給するということでございます。したがいまして、御指摘のように、現在は、原則としては公的年金の給付との併給がなされていないとか、あるいは所得制限が設けられておるとかというふうな問題がございますので、こういうふうな特別児童扶養手当の性格からかんがみまして、御指摘の二つの問題点につきましては、今後ともに十分改善に努力をいたさなければならない、かように思っておるわけでございます。
それから最後の点についてでございますが、特別児童扶養手当が、重度の精薄でありますとか重度の肢体不自由というものに着目いたしまして出されております。したがいまして、たとえば結核であるとかあるいは心臓疾患であるとか、こういうような内部障害、あるいは精薄と肢体不自由が重複することによって非常に重度になるというふうな方につきましては、まだ支給は行なわれておりません。その理由といたしましては、たとえば身体的な障害、特に内部障害等に関しましては、先生も御承知のように、子供というものは身体的な発達途上にあるものでございますので、ある場合におきましては児童福祉法による育成医療であるとかあるいは養育医療であるとか、こういうふうな別の制度によりましてできるだけ早く回復していただくというような別の手段もございます。したがいまして、そういった点も考えなければいけませんし、また内部障害に関しまする認定の問題も、特におとなと違いまして、子供の場合には相当問題があるようにも伺っております。したがいまして、そういった点もあわせて検討しながら、いま申し上げましたような内部障害でありますとか、あるいは精薄と肢体不自由がダブって重度になるというような点についても、それが給付ができるような方向で、いろいろ問題はありますが検討してまいりたい、かように思っておるわけでございます。
まず、手当の額の問題、あるいは所得制限緩和の問題、こういった問題につきましては、先生も御承知のように、従来から福祉年金、母子福祉年金などとずっと歩調がそろってまいっておりますので、その歩調によりまして要求したのでありまして、これは昨年の附帯決議の第二項にもそのようになっておるわけでございます。
それから内部障害の問題でございますけれども、この点につきましては、先ほど広川先生にも御答弁申し上げたように、私どもは問題点として認識しておりますので、この点につきましては要求をしたのでございますが、やはり他の児童福祉法によりますところの養育医療だとか、育成医療でございますとか、こういった公的な援護策との関係もございまして、それは実現を見なかったのでございます。
それからなお、特別児童扶養手当につきましての他の年金との併給の問題がございます。この点につきましては、やはりこの特別児童扶養手当が、児童手当の実施に関連いたしましてそれとの調整が必要であるという問題もあるわけでございます。したがいまして、児童手当の正式の発足の時期に関連いたしまして、この併給の問題につきましてもこの実現を見送ったということに相なっておるわけでございます。
児童扶養手当と特別児童扶養手当はそれぞれ目的が違いますので、まず児童扶養手当から申し上げますと、児童扶養手当は、御承知のように、公的年金でございますところの母子福祉年金を補完する、いわば生別母子世帯に対します母子福祉年金という性格でございますので、そういった考え方から申し上げますれば、やはり一種の所得保障というふうな性格であろうと思います。次に特別児童扶養手当につきましては、これもお話のように、いろいろと議論がございますけれども、所得保障であるとともに介護料的な性格を持つというふうなことになろうか、そのように考えられるわけでございます。
先ほど申し上げましたように、特別児童扶養手当自体が所得制限の規定等もございまして、したがいまして、一種の所得保障の一環であるというふうな性格を持っているわけでございます。一方、介護料的な性格を持つわけでありますが、内容的には所得保障であるというふうな観点から、公的年金との併給が実現を見なかったわけでございます。しかしながら、私どもといたしましては、その介護料的な性格というものを十分に訴えて、その併給をいたすように努力したのでございますが、従来の制度の経緯もございまして、その点の予算化の実現を見なかった、こういうことでございます。
特別児童扶養手当は、まさに重度の心身障害児を扶養する者に対しまして支給され、その子供の福祉をはかるわけでございます。しかしながら、現行といたしましては、その支給の内容が所得保障的な面を持っております。そういうような意味におきまして、いろいろと所得制限等が課せられておるのでございますが、同時に、この特別児童扶養手当は、その内容といたしましては、そういった特別の状態にある子供に対する介護料的な性格を持っておる、かように考えております。したがいまして、御指摘の所得制限の問題は確かに重要な問題でございますので、そういった点につきましても今後努力を続けてまいりたい、かように考えております。
特別児童扶養手当の場合には、所得制限をはずすとか、あるいは他の福祉年金との併給とか、こういうことを行なうことができるように、そのように検討をする必要がある。それは、同時に、その趣旨が介護料としての目的を持ったものであるからである、かように考えます。したがいまして、これはそのような目的に沿うようにこの特別児童扶養手当制度を考え直す必要がある、かように考えておるわけでございます。
特別児童扶養手当の性格は、すでに御承知のように、重度の精神薄弱児あるいは身体障害児につきまして、心身障害児対策の一環としまして必要な手当を支給しまして児童の福祉を増進する、こういうところにあるわけでありまして、いまお述べになりましたように、所得保障的な性格、もちろんこれは基本になりますが、若干、介護という実態に着目した介護料的な意味もあることも否定はできないと思います。したがいまして、いま御指摘のように、この性格というものを介護料的な性格に徹するということになりますと、これは、どうしても現在の法律の仕組みを根本からもう一回再検討する必要があるわけでございます。したがいまして、これはやはり今後の研究課題としまして、広い立場においでこの種の手当制度というものをどうするか、もちろんこれは児童手当制度との関連も出てまいりますし、そういうような広い立場でこの制度の性格なり、位置づけをどうするか、今後研究していく必要があるんじゃなかろうか、こういうふうに考えております。
そういうような意味合いからしまして、いま所得制限の撤廃ということについての御意見がございましたが、私どもとしましては、やはり現行の制度なり、体系を前提としている以上は、今後所得制限を完全に全面的に撤廃するということは、なかなかこれは他の制度との関係がございましてむずかしいんじゃないかと思いますので、従来の方針どおり、所得制限をできるだけ限度額を引き上げる等の緩和方策ということを今後の方向として考えていくべきだと、こういうふうに考えているわけでございます。
それから障害範囲の点につきまして、国民年金等との比較上、障害範囲というものが一致しておりません、確かに、これは沿革的な理由によりまして内部障害あるいは精神薄弱以外の精神障害等を除外しておりますが、これはたびたび国会等でも御指摘を受けておりますので、本年度、四十五年度はこの点の実現はできなかったわけでありますが、今後、四十六年度以降、私どもも積極的にこの点については努力をしてみたい、かように思っております。
それから最後に、障害福祉年金の額と特別児童扶養手当の額が一致していないという点の御指摘でございますが、これも冒頭に申し上げましたように、特別児童扶養手当というものが大体児童扶養手当と同様な考え方に基づきましてその金額がきめられておるというような過去の経緯、あるいは現在の法体系の仕組み等からいいまして、障害福祉年金よりも額が低くなっているわけであります。この点はやはり制度の全体の仕組みというものをもう一回考え直すということをしないと、なかなか障害福祉年金と同一の額にするというわけにすぐにはいかないかと思いますが、やはり今後のこれは制度全体の体系として検討する問題だと、こういうふうに考えているわけでございます。
特別児童扶養手当につきましては、確かにただいま御指摘のように、まさに介護料的なものとして発足したものでございます。重度の身体障害あるいは重度の精薄のお子さんを持っておられる扶養義務者に対して介護料として手当を支給するというのが法律の趣旨でございます。したがいまして、今回の改正でもお願いしておりますように、公的年金との併給を原則として認めるという方向で改善をした次第でございます。また、所得制限の問題につきましては、特にことしは扶養義務者、五人の平均家族を持った扶養義務者に対して六百万の年額所得まで引き上げたわけでございます。これはいわば大体の相当な富裕な家庭でも介護料的な手当が支給できるという仕組みになっておるわけでございまして、これは今後とももっと所得制限については大幅に改善をはかってまいりたいと考えております。ただ、全くこれを撤廃するということにつきましては必ずしもそうしなくても、実際にいま申し上げましたように、大幅な改善によって制度の本来の趣旨は果たし得るのではないか、こういうように考えておりますので、私どもといたしましては、所得制限につきましては今後、物価、あるいは国民の生活水準等も考えながら大幅な改善ということを中心に考えてまいりたいと、こういうように考えております。
特別児童扶養手当は、障害児の生活の向上に寄与することで障害児の福祉の増進を図るものであり、一定額以上の収入がある場合には支給しないこととしております。その所得制限については、児童手当等の他の給付制度も制限があることや、障害福祉サービス等についても所得に応じた利用者負担の仕組みとなっていること等を踏まえて考えるべきだということで、そういう制度になっております。