(追加の投稿をいただいたので、アップデートしました / 2025.9.23)
中学1年の息子は軽度知的障害にASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠陥・多動性障害)を併せ持ち、就学前からずっと“万年遅刻魔”です。小学校4年の娘もASDとADHDがあり、自閉傾向が強く、就学前から登校しぶりが続いていて、遅刻や短時間登校が常態化しています。そのため4年間、登下校には付き添いが必須です。どちらも就学時から地域の支援級に在籍しています。
二人とも気持ちの切り替えが苦手で、何事にも時間がかかります。息子は文句を言いながらも最低限の生活行動はできるようになってきましたが、中学校生活の問題は把握しにくく、学習についても家庭では全く取り組まないため、確実に遅れています。それでも本人は気にせず「やらない」を貫いており、今は様子見しかできません。医師からも「今は様子見でよい」と助言されています。
娘はその時その瞬間の気持ちが最優先で、動かなくなってしまうことが増えています。起床、身支度、食事、排泄、入浴などもおざなりで、家族の生活にも影響しています。例えばですが、どちらの子も入浴に強い拒否感があります。息子は面倒くさがりで、しっかり洗えていなくても最低限の清潔は保てているとみなせますが、娘は面倒さに加えて感覚過敏の影響があり、入浴自体を強く拒絶するため、日々とても困難です。二人とも皮膚が弱いため、定期的な皮膚科通院と、日々の清潔維持・服薬・薬の塗布が欠かせません。しかし清潔維持のハードルが高い上に、薬の塗布も面倒がって拒否気味です。
息子は汗かきで頭皮や全身に汗疹やニキビ発疹、虫さされ部の化膿などができやすく、さらに足の臭いが強烈です。娘も同じく汗かきで発疹や化膿が多く、かさぶたを掻き壊して悪化させることもしばしば。しかもロングヘアなのに洗髪を拒み、髪はベタベタ。腋臭体質である上に、日常的に少量の失禁があるにもかかわらず衣類交換もせず過ごすため、もはや周囲にとって耐え難い悪臭の発生源となってしまっています。私だけでなく、医師や学校の先生など様々な立場の人から、何年も根気強く説明を重ねてきましたが、拒否感は強まる一方で、今ではもう対処のしようがありません。担当医からは「清拭を代わりに」と勧められましたが、当然ながらそれも受け入れられず完全拒否です。唯一、失禁時だけは膀胱炎の予防のため、股間だけは必ず洗ってもらうようにしていますが、それすら数時間かかってしまいます。
学習も家庭では強く拒否し、学校でも気が向いたときに30分程度取り組めるかどうかです。学力は小学校2年生半ばで止まっている印象です。また娘は母親である私に対して特に強くマイペースを貫き、時には暴言や暴力をぶつけてきます。父親が在宅しているときには不満ながらも行動するのですが、その不満を結局母親である私にぶつけるという悪循環が続いています。
親の現金管理にも問題があったことは否めませんが、必要があって家に置いていた現金や、私のカバンに入っていた財布からお金を抜き取り、使い込んでいたことも判明しました。今年、初めてお年玉を本人に管理させることにし、記録帳と一緒に渡しました。しかし記録は白紙のまま、ゴールデンウィーク前後にはすでに使い切ってしまっていたようです。そこで大きなお金を自由に使う楽しさを覚えた2人は、足りない分を抜き取るようになり、数千円から数万円にのぼる大金を手にしました。そのお金を自分のためだけでなく、他の子に食べ物や物を買い与えたり、現金そのものを配ったりするようになっていたことも分かりました。最初は一方的な好意でしたが、次第に「たかられる」ような形に変わっていったようです。裏付けを取り、大体の金額も把握したうえで厳しく叱り、再犯は許さないことや返金を含め今後のルールを話し合いました。ところが、夏休みの後半からまた不審な行動が見られ、確認したところ、今度は貯金箱から抜き取っていたことが今日判明しました。
担当医からは「自閉スペクトラム症の子どもによくあること」と説明されています。断りきれずに周囲からお金を求められると差し出してしまう弱さや、自己主張の手段としてお金を使ってしまう軽さ、そして大金を初めて得たことで生まれる万能感や優越感──こうした盛大な思い違いが絡み合っているのだろう、と。しかし、短期間で複数回の再犯、そして総額で10万円近い大金となっている現実には、愕然としています。簡単に修正・解決できる問題ではないことを痛感しています。
実の子から「死ね」「消えろ」と言われながら暴力を受ける日々は本当に辛く、心が折れそうになることもあります。声掛けに反応がないため声が大きくなり、怒鳴ってしまったり暴言を返してしまうこともあり、背中を叩いてしまったときには「ハッ」として自分で児童相談所に電話したこともあります。一緒にいるのが苦痛でしかたないと思うことさえあります。繰り返し積み重なったストレスの中で、事件になるかどうかは紙一重だと常に感じています。
夫は子どもたちの障がい受容どころか、強い差別感をたとえ我が子であろうとも隠そうとしません。自分の気分次第で暴言や暴力を向け、「それが当然だ」とさえ言います。息子の3歳児健診で発達の遅れを報告して以降、息子に対しても私に対しても態度が一変しました。「将来性のない役に立たない子」とみなし、子どもに興味を失ったのです。子どもの成長を報告しても「へえ」「そうなんだ」で終わり、共感は皆無です。医療・療育・教育・各種手続きも、ほぼ私が一人で担っています。夫は「面倒くさい」「興味無い」と関わろうとしてくれません。
夫が差別感情を露わにしたのは息子妊娠8ヶ月の時です。「身体障害ならまだしも、知的に問題があるなら養育する気はない。検査して中絶しろ」と突然言われました。そのときに離婚すべきだったと後悔していますが、障がい福祉について専門に学び、約20年仕事に従事してきた私にとっては衝撃が大きすぎ、妊娠後期での離婚は決断できませんでした。
最近では、医師や地域職員からも「離婚した方がよいのでは」と言われています。ただ、子ども二人のすべてを背負うには私の力だけでは足りず、踏み切れずにいます。夫自身も大人の発達障害の特徴があり、医師からも「精神的な障害の可能性がある」と言われていますが、本人は認める気はなく、受診に繋げることもできません。
昨年、私なりに区切りをつけようと決心し、夫の両親にこれまでの経緯を報告しました。ショックは大きかったと思いますが、子どもたちにとっての祖父母であり続けて欲しいとお願いしました。家族の形は大きく揺らぎましたが、新しい関わり方を模索しています。
そんな中で少しだけ良かったことがあります。先月、家族4人で初めて宿泊を伴う旅行に行きました。夫が珍しく「行きたい」と言ったのをきっかけに、もうこれが最初で最後の家族旅行になるかもしれないと感じ、「行きたい時に行けたら最高じゃない?初めてだよ?嬉しい!行こうよ!」と後押しして、実現に至りました。私の怪我などトラブルはありましたが、それぞれの希望を少しずつ叶えることができ、楽しい一泊旅行になりました。
また、私と子どもたちだけで初めて遠方へのドライブにも挑戦しました。体力的には大変でしたが、会いたい人に会うことができ、次につながるきっかけにもなり、子どもたちにとっても私にとっても新たな自信につながる出来事でした。
世の中に伝えたいこと
育児は人の数だけ違う大変さがあります。それでもやっぱり定型発達児と比べ、障がい児育児の大変さは全く違う次元の話しと思います(もちろん障がい児の中でもその差は大き過ぎて一括りにはできませんが)。
いつ誰にでも起こりうるのが障がいです。祖父母親きょうだい親戚などの介護看護を含め、それを受け入れ守り支えるのが社会であり福祉です。障がいを持つ者やその家族(特に母親)に対する締め出しや自己責任論などは、自分の首を絞めるブーメランであることをよくよく分かっておいて欲しいと思います。
その上で、頑張っているご家庭とご本人はもちろん、彼らを支える社会の実現の為ための各種専門家や事業所及び従事者が安心して生きていけるように、ハードソフト両面のサービスや制度の充実、金銭的な保証などを整えていただきたいです。障がいある子どもを産み育てている者として、また福祉専門職として従事していた者としての切実な願いです。
— ゆきみそ さんのくらし