動態デザイン研究室100のくらし 一覧
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私は4人の子どもを育てています。そのうち3番目の子には知的障害があります。私は扶養内で障がい者枠のパートを始めて5年目になります。金銭面や住居、各種手続きも、扶養の範囲にあるうちは何とかやりくりできていますが、親が亡くなった後の生活を思うと大きな不安がつきまといます。

この子は小学校時代、同級生から暴力を受けたことをきっかけに、家族や優しい先生以外をすべて「警戒すべき相手」と感じるようになりました。そのため不登校となり、引きこもり傾向が長く続いていました。しかし最近、小さい頃に好きだったスイミングに自分一人で行けるようになりました。しかも、そこで初めて会う方々に自発的に話しかけ、その出来事を私に嬉しそうに話してくれました。これは大きな一歩であり、親としてとても感慨深い成長でした。

4番目の子は自閉症スペクトラムです。幼児教育を特別にしていなくても、小学校入学前から漢字混じりの文章を読むことができました。上に三人の兄姉がいたため自然に身についたのかもしれませんし、私自身も幼少期に年上のきょうだいが読む本を楽しんでいたので、当時は特別なこととは思いませんでした。

ただ、この子には「そういうものだから」「常識だから」「みんなやっている」「一人だけ恥ずかしい」といった言葉が一切通じません。日常の些細なこと――例えば夏の暑い日に冬物を着ないこと――から、大きな社会問題に至るまで、彼の疑問は必ず筋道立った説明を必要とします。そのたびに言葉を尽くして対話を繰り返し、十年以上かけて少しずつ社会性を育んできました。振り返れば当時はとても大変でしたが、大人である私自身にとっても社会を改めて捉え直す機会となり、親子で成長できた貴重な経験だったと思えます。

そうした積み重ねの結果、放課後デイサービスの先生から「お母さんに対して絶大な信頼がある」と言われるほどの関係が築けました。今では将来やりたい仕事も見つかり、この春から短大で学んでいます。彼の世界はどんどん広がり、課題やネットの話題を通して自分の考えを持ちながら私の意見も聞いてくれるようになりました。彼との対話は新しい時代を感じさせ、私にとっても脳をフル回転させる刺激的で楽しい時間になっています。

世の中に伝えたいこと

私たち夫婦は、4回の妊娠のたびに「たとえ障害があっても産み育てるのか」と話し合い、子どもを迎える決意をしてきました。4人の子を育ててきた今、「三つ子の魂百まで」という言葉を、自分なりに「3歳までに表れる性質は、その子が生まれ持った本質であり、一生変わらないもの」と解釈しています。それは「良い」「悪い」という価値判断ではなく、その性質をどう活かしていけるかが大切なのだと思っています。

大人や親の都合で物事を進めると、子どもは敏感にそれを感じ取ります。子どもは親を愛しているので、親に合わせようとしてくれますが、その結果、良いことは少なく、かえって歪みを生み、双方に不都合が起きがちです。一方で、子どもの視点や想いに沿おうとする大人の姿勢を、子どもは同じように敏感に感じ取り、自信を得て、自分の力で前に進んでいきます。それは決して子どもの機嫌を取ることでも、忖度することでもありません。子どもには本来、力があるのです。

子育ての渦中にいるときは切羽詰まり、無我夢中でがむしゃらでした。失敗もたくさんしましたし、長く暗いトンネルにいるように絶望したこともありました。すべてを投げ出したくなる日常もありましたし、命の危機に直面したこともあります。夫も私も未熟で、夫婦の危機もありました。

けれども障害の有無にかかわらず、子どもたちは多くの涙と、同じくらいの感動をもたらしてくれました。子どもたちのおかげで、私自身がそれなりに大人になれたのだと思います。自分の力や都合だけではどうにもならないことの連続に、人として鍛えられてきました。

不安や迷いが消えることはありません。それでも、子どもの成長に幸せを感じ、自分自身の成長に生きる手応えを感じています。

もー さんのくらし