動態デザイン研究室特別児童扶養手当を撤廃した場合の費用試算

特別児童手当等の

所得制限を撤廃した場合の

費用試算の解説

  1. 目的

本稿では、「特別児童扶養手当」「障害児福祉手当」「特別障害者手当」「経過的福祉手当」という四つの制度を対象に、所得制限をなくした場合にどのくらいの追加費用がかかるのかを試算することを目的としています。

このような試算を行うためには統計データが必要になりますが、直接的に計算できるデータは存在しません。そこで本稿では、すでに公表されている統計資料をもとに、いくつかの仮定を置きながら“見えない部分”を補う形で試算を行います。

ただし、このような推定にはどうしても不確実な部分が残ります。そのため、まずは試算にあたってどのような課題や限界があるのかを整理したうえで、順を追って計算を進めていきます。

  1. 試算に向けた問題点の整理

今回の試算でいちばん大きな問題は、試算に必要なデータが統計の中に直接は存在しないことです。たとえば、「所得制限に引っかかって手当の支給が止まった人の数」は行政の統計で分かります。けれども、「もともと所得が高いから申請しなかった人」の数は、どの統計にも載っていません。この“はじめから制度の外にいる人たち”の存在が、今回の推計を難しくしている一番の理由です。そのため、所得制限をなくした場合の費用を見積もるには、まずこの“申請していない層”を推定する必要があります。

そこで本稿では、次の二つの点を中心に推定を行います。

  • 所得制限によって手当を受け取れなかった人の人数(申請していない層を含む)を推定すること

  • その人たちがどのくらいの所得層にいるのかを推定すること

この二つを明らかにすることで、所得制限をなくしたときにどの程度費用が増えるかを考えていきます。

  1. 所得制限にかかる人数の推定

3.1. 基本的な考え方

Image

人数の推定にあたっての概念を示したものが上の図です。問題はDの「所得制限により申請を行わなかった人数」です。これは統計表には一切出てきません。なので、この人数を推察しなければなりません。ちなみに、A〜Cについては、厚生労働省の「福祉行政報告例」にデータが存在します。

下の表1は、令和5年度の「福祉行政報告例」に載っているデータで、四つの手当について「受給している人の数」と「支給が止まった人の数」、そして「支給が止まった理由」をまとめたものです。

Image

これを見ると、どの手当でも支給が止まった人のうち 9割以上が“所得制限”によるもの だと分かります。つまり、「所得が上限を超えているために手当を受け取れなかった人」が、支給停止者のほとんどを占めています。

そのため、この試算では、支給停止になった人のほぼ全員を「所得制限が原因で受け取れなかった人」とみなして計算します。

一方で、「最初から申請していない人」の数はどの統計にも載っていません。そこで、所得分布のデータ(どのくらいの割合の人が“線より上側”にいるか)を使って、で推定します。

3.2. 特別児童扶養手当の受給機会を逸している人数の推定

結局のところ、この問題を考えるうえで大切なのは「xとyをどう求めるか」ということです。ただし、これは簡単な話ではありません。所得制限というのは、単に「年収がいくらか」だけで決まるものではないからです。

たとえば、家族の中で収入が一人だけで、その人の年収が800万円の場合は所得制限に引っかかります。ところが、夫婦でそれぞれ500万円ずつ稼いでいて、世帯全体では年収が1,000万円ある場合は引っかからないのです。つまり、同じ「世帯年収」でも、家族の働き方や収入の分かれ方によって結果が変わるのです。

ですから、「年収分布」をそのまま見るだけでは不十分です。世帯の中で、だれがどのくらい働いているのか、どんな家族構成なのか――そうした“世帯のかたち”を考慮しながら、xとyを求めていく必要があります。

そこで今回の試算では、「国民生活基礎調査」という全国調査のデータを使い、家族の構成ごとに所得の分布を個別に集計しました。そのうえで、世帯構成の割合に応じて重みをつけ、全体としての分布(xとy)を推定しています。

家族のかたちは、国民生活基礎調査にもとづき「夫婦と未婚の子だけの世帯」「ひとり親の世帯」「三世代以上の世帯」「その他の世帯」の四つに分けました。それぞれの世帯で収入の分かれ方には特徴があり、この違いをできるだけ反映させるようにしています。

次に大切なのが、所得制限の“線”をどこに引くかです。所得制限は、扶養している家族の人数や、だれの所得を基準にするかによって変わります。このままでは条件が多すぎて整理がつかないので、まずは一つずつ絞り込みました。

最初に「だれの所得で見るか」を考えます。厚生労働省の「福祉行政報告例」によると、所得制限によって支給が止まった人のうち、およそ97%が「受給者本人の所得」が原因でした。つまり、ほとんどの場合はお父さんやお母さん自身の収入が基準になっているということです。そのため、今回の試算では「受給者本人の所得」に焦点をあてて計算します。

次に「扶養している家族の数」を考えます。2024年の国民生活基礎調査(1.世帯票>第014表)によれば、児童のいる世帯の平均児童数は1.68人です。また、障がいのある子どもを育てている家庭では、介護や通院などに多くの時間が必要なため、夫婦の両方がフルタイムで働くのは難しい場合が多いと考えられます。

このことから、障がい児を育てる家庭の平均的な「扶養親族数」は、約2.7人と見込まれます。この前提をもとに、今回は「扶養親族が2人の場合の所得制限」を基準にすることにしました。具体的には、厚生労働省の表で示されている「収入額の目安=728.4万円」を“所得制限の壁”とみなします。

この金額は、国民生活基礎調査における所得階級でいうと「700〜750万円」と「750〜800万円」のあいだにあたります。したがって、今回の試算ではこの範囲を所得制限の線として扱っています。


では次に、家族の構成について見ていきましょう。国民生活基礎調査には、「2所得票」と呼ばれる表があり、世帯ごとの所得が詳しくまとめられています。特別児童扶養手当は「児童のいる世帯」が対象となるため、まず「1.世帯票>第002表」から、児童のいる世帯の割合を取り出します。2024(令和6)年のデータをもとに、本試算ではこのうち水色で示した部分を対象としています。

Image

ここから先は話がややこしくなるので、トグルにしました。なので、「難しい話でも全然ウェルカム」な人はトグルを開いて読んでみてください。「ちと難しい話はどうも…」という方は飛ばしてください。

具体的な計算の方法

続いて、同じ調査の「2.所得票>第087表」見てみましょう。この表では、世帯全体の所得金額と、その中で最も収入が多い人(いわゆる“最多所得者”)の所得が、どのくらいの割合を占めているかが示されています。ここでは、各階級の中央値を基準にして「仮の世帯所得」(下表)を設定し、それをもとに最多所得者の推定所得を求めました。これが分析の基本となる表です。

Image

次に、同じ調査の「2.所得票>第024表」には、世帯の構成ごと(たとえば「夫婦と子ども」「ひとり親」「三世代」など)に、どの所得層にどれだけの世帯が属しているかという割合が示されています。つまり、「第087表」で“所得の分布の形”を知り、「第024表」で“世帯構成ごとの重み”を知ることができるわけです。この2つの表を掛け合わせることで、「各世帯構成別の所得度数分布表」を作ることができます。

いわば、行と列を掛け合わせて全体の分布を再現する“行列の掛け算”のようなものです。高校の数学が、こういう実務分析の場で意外に役に立ちます。

Image

この行列の掛け算をすべての世帯構成に対して行うと、全体の所得分布を示す度数分布表が完成します。

ImageImageImageImage

そして、この度数分布表と、先ほど作成した「最多所得者の推定所得表」を組み合わせることで、「各世帯構造における最多所得者の推定所得割合表」を導くことができるのです。

上の計算をもとに、最多所得者の推定所得とその比率をまとめたのが、次の表です。これは、世帯の中で最も収入が多い人――つまり、受給資格者本人にあたる人の推定所得を示したものです。

ここに、冒頭で示した世帯構造ごとの世帯数を掛け合わせると、「受給資格者本人(最多所得者)の所得分布表」を作ることができます。

そして、この分布表に先ほど設定した所得制限の壁(7,284,000円)を当てはめると、その線より下にある世帯が全体の 83.2%(=x=0.832)、上にある世帯が 16.8%(=y=0.168) であることが分かりました。

これは言い換えれば、所得制限の線の“外側”にいる人――つまり、「今の制度では手当を受けられない層」が全体の16.8%という推定値を得たという話になります。

Image

3.3. その他3手当の受給機会を逸している人数の推定

続いて、「障害児福祉手当」「特別障害者手当」「経過的福祉手当」の3つの制度についても、受給の機会を逃している人がどのくらいいるのかを推定してみます。

これらの手当では、所得制限の判定基準が少し異なります。先ほど扱った特別児童扶養手当の場合は、所得を判定する対象が“親などの受給資格者本人”でしたが、ここで扱う3手当では、「障がいのある本人の所得」が基準になります。

そうなると、当然ながら焦点は「障がいのある本人の所得が、どの程度、制限に引っかかるのか?」という点に移ります。特に特別障害者手当は20歳以上が対象となるため、就労して一定の収入がある人も少なくありません。そのため、所得制限の線にかかってくる人の数も、特別児童扶養手当よりは多くなると考えられます。

参考までに、以下の表に主な数値を示しています。

Image

この表を見ると、特別障害者手当では、全体の約 19.2% が「障がいのある本人の所得」によって所得制限に引っかかっていることが分かります。

では、ここをどう計算に反映させるか――という話になるのですが、私は今回の法案作成にあたって、「障がい者本人の所得制限は、当面は撤廃しない」という方針をとることにしました。そのため、この部分の試算では、扶養している家族などの所得に焦点を当てて計算を進めています。計算式の上では、受給者数をもとに「CとD」、すなわち“所得制限にかかる潜在的な人数”を求める形になっているため、本人所得を計算に含めないことによる影響は出ません。言い換えれば、ここでは“扶養側の所得の壁”に注目して、同じ枠組みで推定を行うということです。

こうした前提に立つと、計算方法は基本的に特別児童扶養手当の場合と同じになります。ただし、使用する所得制限表は異なるため、閾値(線の位置)が少し変わります。

特別障害者手当の所得制限表で、扶養親族等の数を2とした場合、「800〜850万円」と「850〜900万円」の間が、所得制限の壁にあたります。この範囲をもとに、先ほどの分布表と照らし合わせると、x=0.887(88.7%)、y=0.113(11.3%) という結果になります。

3.4. 各手当における人数の推定値

これまで見てきた3.1〜3.3の考え方により、それぞれの手当について xとyの値が求まりました。この結果をもとに、「所得制限によって手当の受給機会を逃している人の数」を推定します。さらに、実際に手当を受け取っている人(受給者数)を加えることで、「もし所得制限がなければ受給していた可能性のある人」、すなわち 潜在的な受給者数を算出しています。

その結果をまとめたのが、下の表です。

Image

これによると、あくまで推計ではありますが、全国でおよそ 8.1万人 が、所得制限によって手当の受給機会を逃していることが分かります。

この数字をどう受け止めるかは、人それぞれだと思います。ただ、私としては率直に「多いな」と感じます。制度の枠組みの中で、これだけの人が支援の対象からこぼれ落ちているというのは、やはり一度立ち止まって考えるべきことだと思うのです。

  1. 費用の試算

4.1. 特別児童扶養手当に関する費用の試算

特別児童扶養手当は、国がその費用をすべて負担している(国の負担率は10分の10)ため、本試算ではその全額を算出の対象とします。

ただし、この手当には 1級と2級の二つの等級があり、それぞれ支給額が異なります。問題は、等級ごとの受給者の割合を示す統計資料が存在しないという点です。そのため、まずはこの比率を推定する必要があります。

推定にあたっては、財務省の「予算書・決算書データベース」に掲載されている「一般会計 歳入予算明細書および歳出予定経費要求書」から「特別児童扶養手当給付費」のデータを抽出し、これを受給者数データと組み合わせて、次のような連立方程式を構築しました。

Image

連立方程式といっても、使うのは中学生でも解けるようなごく簡単なものです。ですので、必要なデータさえ揃えば、等級ごとの割合はすぐに求めることができます。

実際に、先ほどの手順に従ってデータを抽出し、1級と2級それぞれの受給者の割合を計算した結果を、下の表にまとめました。これが、特別児童扶養手当における等級別の構成を示す推定値になります。

Image

この計算の結果、2016年度から2023年度までの支給割合の平均は、1級が50.6%、2級が49.4%となりました。ほぼ半々の割合で推移していることが分かります。

したがって、本試算ではこの平均値をそのまま採用します。この前提のもとで、受給者数および潜在受給者数をもとに、「現在かかっている費用」と「所得制限を撤廃した場合に増える費用」を試算しました。

その結果をまとめたものが、下表です。

Image

これによれば、特別児童扶養手当の所得制限を撤廃した場合、2025年5月時点のデータをもとに2025年度分を試算すると、費用の増加額はおよそ317.4億円 にのぼる見込みとなります。

4.2. その他3手当に関する費用の試算

障害児福祉手当、特別障害者手当、および経過的福祉手当については、費用の負担が「国が4分の3」、そして「都道府県・市・町村などの自治体が4分の1」となっています。したがって、これらの手当については、国全体での増加額だけでなく、自治体ごとの負担増もあわせて試算する必要があります。

そこで、まずは都道府県単位での負担増の推計を行いました。幸い、厚生労働省が公表している「福祉行政報告例月報」には、都道府県ごとの統計データが掲載されています。

このデータをもとに、全体を1(100%)としたときに、各都道府県がどのくらいの割合を占めるかを算出しました。対象期間は 2023年4月から2025年5月までの各月で、その中央値を求めた結果を下の表に示しています。

Image

ここで求めた都道府県ごとの割合を係数として用い、特別児童扶養手当と同じ手順で、現在の費用および所得制限を撤廃した場合の増加費用を試算しました。

まず、各手当ごとにおける「国」と「地方(都道府県・市町村など)」の負担増をまとめた結果が、下の表です。

Image

これによれば、対象となる3つの手当で所得制限を撤廃した場合、2025年5月時点のデータをもとに2025年度分を試算すると、費用の増加額は次のとおりとなります。

  • 障害児福祉手当:約15.8億円

  • 特別障害者手当:約61.9億円

  • 経過的福祉手当:約0.4億円

3手当を合わせた合計は、およそ78.1億円となります。このうち、国の負担額は約58.6億円地方自治体の負担額は約19.5億円です。

また、都道府県別に算出した負担増額の推計結果を、下表に示します。

Image

これによれば、負担の増加額が最も大きいのは東京都で、約1.9億円となります。2番目が大阪府で同じく約1.9億円、3番目が愛知県で1.1億円になります。

一方で、地方の県では増加額が数千万円規模にとどまるところもあり、地域によって財政的な影響の大きさに差があることが分かります。

4.3. 試算のまとめ

これまでの試算結果をまとめたものを、下の表に示します。これによれば、今回の請願で掲げた「所得制限の撤廃」を行った場合、全体としての費用増加額は およそ395.6億円 となります。

Image

このうち、国の負担増は約376.0億円地方自治体全体の負担増は約19.5億円です。つまり、制度を見直した場合、追加でおよそ400億円前後の財政負担が新たに発生するということになります。

2025年度の一般会計予算は 115.2兆円 にのぼります。今回の試算で示した、所得制限を撤廃するために必要な費用は、この一般会計予算の わずか0.03%にすぎません。

また、参考までに、全国民に一律2万円を給付するためにはおよそ 2.46兆円(野村総合研究所試算)の予算が必要とされています。所得制限の撤廃にかかる費用は、そのわずか 1.6%にあたる規模です。

私が思う「国のあり方」とは、もしものときに、誰もが安心できる体制がきちんと整っていること――それが、本来あるべき姿だと思います。

そうであるならば、家族構成や働き方、社会の形が大きく変化した今、所得制限という仕組みは、もう一度、根本から見直すべき時期に来ている のではないでしょうか。

PDF文書

(官僚向け想定の資料です)