100のくらしを
分析してみました
はじめに
先日より、「障がい者の介護」や「障がい者の方々のくらし」が実際にどのようなものかを、私自身を含め、多くの人に知ってもらうためにアンケートを実施しています。これまでに、皆さまのご協力をいただき、146件の回答が寄せられています。
一つひとつのお話はいずれも大変貴重ですが、「全体としてどのような傾向が見られるのか」という視点も重要だと考えています。そこで、何らかの統計的手法を用いて、これらの内容を整理・分析してみたいと思います。
アンケート結果の詳細は、以下のページ「障がい者とつむぐ100のくらし」をご覧ください。
分析結果のマッピングについては、以下で閲覧することができます。
分析方法の概要
少し専門的な話になりますが、分析方法の概要を説明します。トグルにしたので、小難しいのが苦手な方は飛ばしてください。
具体的な分析の方法
データの前処理
まず、「立場」「症状」「感情」「主題」など、文章から抽出する情報のジャンル(カテゴリー)をあらかじめ設定しました。

次に、各ジャンル(「立場」「症状」「感情」「主題」など)に対して、ChatGPTを用いて文章中に含まれている語(内容)を抽出しました。その後、各ジャンルごとの全件語一覧を確認し、表現のゆれや重複表現がないかを検証します。
全件を手動で精査するのではなく、ChatGPTにより「重複や類似が疑われる語リスト」を逐次作成し、それに対して「どの語を統合するか」を人手で判断・指示していく形で進めました。たとえば、「孤立」と「孤独」は意味としてほぼ同義であるため、「孤立・孤独」という1つのタグに統合します。
このような抽出 → 類似語検出 → 統合指示 → 正規化のプロセスを、すべてのジャンルにおいて実施しました。作業の過程では、ジャンル構成そのものについても、必要に応じて再検討と見直しを行っています。
Weight MDSによる分布図の作成
上記で整理したデータは、一般的に「JSON形式」と呼ばれる構造化データですが、このままでは統計分析には向いていません。
そこで、各語(ラベル)について「該当する=1」「該当しない=0」という形の二値データ(0/1データ)に変換します。この変換によって、各文章がどの語と関係しているかを数値化した行列が得られます。

得られた行列をもとに、多次元尺度構成法(MDS: Multi-Dimensional Scaling)を用いて分布図を作成しました。この際、語の出現頻度が高いほど空間配置に強く影響するようにするため、重み付き(Weighted)MDSを採用しています。
なお、一般的には主成分分析(PCA)や数量化理論III類を用いる方法もありますが、本分析では「軸を解釈すること」よりも「語と語の距離関係」を重視しているため、距離ベースのMDSを採用しています。t-SNEも検討しましたが、バイプロットという点で難しそうだったので、断念しました。
共起によるエッジ作成
次に各文章の中で、どの語とどの語が同時に登場しているか(共起関係)を抽出し、それをもとに語と語の「つながり(エッジ)」を作成します。
具体的には、各カテゴリー間(たとえば「感情」と「主題」や「症状」と「願い・願望」など)の組み合わせごとに、同一の文章内で共に出現したラベルをペアとして記録します。このペアが出現するたびにカウントを1ずつ加算し、最終的に共起回数を重み(edge weight)として保持します。
こうして得られたネットワークデータは、ノード(各ラベル)とエッジ(共起関係)から構成され、語同士がどのように関連して現れるか――すなわち「どの感情がどの主題や症状と結びつきやすいか」を可視化できるようになります。
図表化
これらの処理によって、最終的には次の3種類のデータが得られます。
多次元尺度構成法(MDS)によるサンプルデータの座標値
同じくMDSにより算出されたカテゴリーデータ(各語)の座標値
共起分析によって得られるエッジデータ(語同士の共起回数)
まず、多次元尺度構成法(MDS)によって算出された座標値をもとに、各語やサンプルを2次元空間上に配置します。
その後、各語(ノード)をクリックした際には、共起分析で得られたエッジデータの重み(共起回数)を利用して、その語と共起頻度が高い語ほど近くに再配置されるようにインタラクティブに調整しています。
この仕組みにより、全体の分布構造を保ちながら、特定の語を中心とした関係性(共起パターン)を直感的に確認できるようになっています。
単純集計結果
まずは単純集計の結果です。
投稿者の立場
投稿者の約90%が親でした。ですので、多くは親御さんの意見であるとご認識いただけるとよいかと思います。

障害の種類
次は「障害の種類」に関する集計です。この項目は1人につき複数の障害が記載される場合があるため、全体の合計値はサンプル数(146件)を上回っています。
集計結果を見ると、知的障害、自閉スペクトラム症(ASD)、行動障害、注意欠陥多動症(ADHD) などの記載が多く、これらの障害が比較的多く登場していることが分かります。

感情の種類
続いては、「感情の種類」に関する集計です。この項目も、各文章の中に含まれている感情をすべて抽出しているため、1つの回答に複数の感情が含まれる場合があります。そのため、全体の合計値はサンプル数(146件)を上回ります。
全体を通して見ると、「悲しみ・切なさ」「心配・不安」「希望・再起」「感謝・救い」などが多く出現しており、投稿全体としては困難と希望の両面が混在していることがわかります。

主題の種類
続いては、「主題の種類」に関する集計です。ここでは、文章の中でどのような内容(テーマ)について言及しているかを抽出しています。
これまでと同様に、1つの投稿の中で複数のトピックについて語られている場合もあるため、複数の主題が同時にカウントされ、合計値はサンプル数(146件)を上回ります。
こちらを見ると、「所得制限と経済的負担・格差」が最も多くなっていますが、これは私自身が所得制限撤廃を当面の目標として掲げていること(=アンケート設計や回答傾向に影響がある)によるものだと思われます。したがって、この項目については参考値として捉える必要があります。
それ以外では、「社会的視線・差別・偏見へのストレス」や「就労継続困難とキャリア制約」が多く、社会との関わりや働き方に関する課題が多くの人に共通して見られました。一方で、「ポジティブな変化・成長の芽」も一定数見られ、困難な状況の中でも前向きな意識や変化を見いだしている人がいることが分かります。
この傾向は、「感情」の分析結果と同様に、困難と希望が併存しているという特徴を示しています。
総じて、障がいのある方のご家族は「社会からの疎外感」に関して多くの思いを抱えており、その内容は「差別や偏見といった心理的疎外」だけでなく、「就労機会の損失や経済的制約といった構造的な疎外」にも及んでいることが分かります。これは、支援施策の議論においてしばしば見落とされがちな視点なのではないでしょうか。

願い・願望の種類
最後は「願い・願望の種類」です。ここでは、文章の中でどのような希望や願いが表明されているかを抽出しています。この項目も、1つの投稿の中に複数の願いや要望が含まれる場合があるため、合計値はサンプル数(146件)を上回ります。
集計結果を見ると、「家族の孤立防止と共生の推進」や「障害に対する理解促進と社会的受容の拡大」が多く、社会全体への理解と包摂を求める声が強いことが分かります。
また、「きょうだい児への支援拡大」や「地域社会とのつながり強化」など、身近な生活単位での支援や共生の実現を願う内容も目立ちます。特にきょうだい児への支援拡大は、ある意味で盲点と言えるのではないでしょうか?
全体として、個人の困難や不安を越えて、「他者や社会がより理解し合い、共に生きる社会を実現したい」という共通の願いが浮かび上がっています。

マッピングによる分析の概要
ここからは、マッピングによる分析の概要です。この分析では、ある項目が他のどの項目と関連性が高いのかを可視化することができます。
ただし、可能な組み合わせは非常に多いため、すべての関係性を一度に示すことは現実的ではありません。そこで、ここでは単純集計で出現数の多かった主要な項目を中心に、どのような語やテーマと結びついているのかを見ていきます。
この可視化により、各要素がどのようにネットワーク的に関係しているのか、つまり「どの感情がどの主題と共に語られやすいのか」や「どの主題がどの願いと関連しているのか」といった構造を直感的に把握することができます。
「所得制限と経済的負担・格差」に関する分析

まずは、出現数の多かった「所得制限と経済的負担・格差」について見てみましょう。
「所得制限と経済的負担・格差」を中心にしたマッピングを見ると、特に「不公平や不信感」「就労継続の難しさ」「キャパオーバーによる抑うつ感」などの語と強く結びついています。これらのつながりから、所得制限の問題は単なる家計上の負担や制度的な線引きにとどまらず、心理的な不信や疲弊、孤立感といったかたちで日常生活にも深く影響していることがわかります。
周辺を見ると、「就労継続の難しさ」「葛藤や迷い」「不安や諦め」といった語が近接して配置されており、経済的な制約が就労意欲やキャリア形成にも影響を及ぼしている構造が浮かび上がります。これは、「働くことで支援を失う」「収入を増やすほど制度の対象から外れる」といった制度設計の逆転現象(いわゆるワーキングプア構造)を反映しているともいえます。
同時に、「不公平や不信感」の近くには「多子世帯の問題」が位置しており、多子世帯の想定があまりなされていない制度設計であることが示唆されます。
全体として、所得制限をめぐる記述は「不満」「不信」「疲弊」といった否定的感情の集積点として表れており、ポジティブな変化や安心感が共起するケースは非常に少ないことが分かります。
それでもわずかに「地域連携の充実」や「支援制度の公平化」といった語が近接しており、こうした語群は制度批判を越えて、「変えていきたい」という前向きな意識の萌芽を示していると考えられます。
総じて、「所得制限と経済的負担・格差」というテーマは、単なる制度の問題ではなく、経済的・心理的・社会的側面が重なり合った複合的な疎外構造として現れています。ある意味でボトルネックのような存在とも言えます。
「社会的視線・差別・偏見へのストレス」に関する分析

「社会的視線・差別・偏見へのストレス」を中心にしたマッピングでは、このテーマが他の複数の主題・感情・願望と交錯しており、心理的負担と回復志向の双方を内包する中心領域として位置づけられています。
まず、上部には「希望・再起」「早期相談・支援体制の拡充」などのポジティブな語が集まっており、偏見やストレスといった困難な経験の中にも、「支援につながりたい」「理解してもらいたい」といった前向きな意識が芽生えていることがわかります。この領域は、他のテーマに比べて支援を求める動きと希望の感情が重なっているのが特徴です。
一方、下部には「孤立・孤独」「苛立ち・焦燥」「悲しみ・切なさ」など、孤立感や喪失感を示す語が近接しています。一方で「家族の孤立防止と共生の推進」が隣接しており、偏見や誤解によって社会から距離を置かざるを得ない状況が、“孤立への不安”と“つながりへの願い”を同時に生み出していることを示しています。
右下には「役所職員や介護職員、教員などの心無い言葉」「専門性向上と処遇改善」といった項目が見られ、これは偏見や差別が制度・職場・支援現場の中でも起きていることを示唆しています。単なる市民の偏見ではなく、支援を担う立場の人々による“二次的な傷つき”が問題として浮かび上がっています。
そして左側には、「障害に対する理解促進と社会的受容の拡大」が大きく位置し、「社会的視線・差別・偏見へのストレス」とのあいだに強い結びつきが見られます。両者の関係はまさに原因と希望のような構造を形成しており、ストレスの語りがそのまま「理解や共生を求める声」へと転化していることがわかります。
総じて、「社会的視線・差別・偏見へのストレス」は、外部からの圧力による傷つきだけでなく、そこから生まれる回復・共生への意志を同時に内包したテーマといえます。
この領域は、“被害”の語りではなく、“再生への始点”として機能しており、社会的理解の拡大に向けた心理的基盤を示す象徴的なマップになっています。
「障害に対する理解促進と社会的受容の拡大」に関する分析

最後に、「障害に対する理解促進と社会的受容の拡大」について見てみましょう。このテーマは全体の中でもっとも多くの語とつながるハブ的な中心項目であり、「まだ理解されていない現実を伝えたい」という声の集まりとして読むのが適切です。
マップを見ると、右側には「感覚過敏」「送迎・外出困難」「夜間行動」「睡眠時間が削られる」など、介護や生活のリアルな負担を示す項目が集まっています。これらは制度的な支援だけでは解決しにくく、「社会がその大変さを想像できていない」ことによって見過ごされている領域と理解できます。特に、「外出が難しい」「夜も眠れない」といった負担は、肉体的な疲労を超えて精神的な消耗(メンタルへの影響)として蓄積していく傾向があります。
左下には「支援員・教員・行政職員の対応」「悪気のない言葉」など、理解のずれや言葉による傷つきが示されています。つまり、支援される側と支援する側のあいだに、「同じ言葉を使っても意味が通じない」という構造的な距離感が存在していることも読み取れます。
一方で、「イイこともある」「ポジティブな変化」といった語も近くにあり、わずかでも“理解が伝わった瞬間”が希望として残されています。
理解の欠如と希望の芽が同じ領域に共存している点が、このマップの特徴です。
つまるところ、社会的理解の拡大とは、啓発ではなく、「理解の届いていない部分をどう伝えるか」 という課題そのものだと言えます。
まとめ
以上の分析から見えてくるのは、表面的には異なる課題に見える各テーマが、実際には共通して「社会との関係の持ちにくさ」という構造を共有していることです。
「所得制限と経済的負担・格差」は、制度の線引きによって生活の安定と自立が阻まれる構造を示し、「社会的視線・差別・偏見へのストレス」は、他者のまなざしによって心の自由が奪われる現実を映し出します。そして「障害に対する理解促進と社会的受容の拡大」は、そうした断絶の背景にある“理解の届かない領域”を照らし出しています。
つまり、3つのテーマはそれぞれ、
経済的な線(制度)
心理的な線(視線)
認識の線(理解)
という異なる形の「線」で人を囲い込む社会構造を描き出しています。一方で、それぞれの語りの中には、「変えていきたい」「わかってほしい」という前向きな意思も共通して存在しています。不満や孤立の語りは単なる苦情ではなく、社会をもう一度つなぎ直すための声として現れているとも言えます。
PDF文書
(官僚向け想定の資料です)