
私の子ども2人(5歳・2歳)は、いずれも指定難病であり、運動発達遅延や知的な遅れがあります。
5歳の子は、2歳の時にその難病の中でも稀な病気を発症し、生体肝移植(父から)と気管切開を受けました。もともとは口から食事をとれていましたが、現在は経管栄養です。歩行も困難でバギーが必要ですが、ベビーカーでは対応できず、病院への通院も一苦労でした。
先々月、バギーに関する所得制限が撤廃されたことを受け、支援員さんの協力を得てようやくバギーを作ることができました。
同居しているため、医療的ケアは両親が担っています。痰の吸引やカニューレバンド※の交換(訪問看護師と一緒に実施)に加え、夜間は痰が多いため夜通したん吸引が必要です。対応しなければ窒息の危険があるため、常に疲弊しています。
※ 気管切開手術を行った患者の首に装着する「気管カニューレ」と呼ばれる管を固定するためのバンド
2歳の子も同じ難病ですが、早産であったこともあり、長くハイフローを外せませんでした。現在は5歳の子と同じ稀な病気には至っていませんが、将来的な不安は拭えません。万一発症すれば、父はすでに肝臓を提供しており、母である私は保因者のため提供できません。
子どもがどちらか一方でも入院すると、もう一方を世話できなくなることが度々あり、その際は児童相談所に緊急避難的に預かっていただくこともありました。現在は児相の勧めもあり、2歳児を重心・医療的ケア児を預かる施設にお願いしています。週2回面会に行っています。
我が家では母である私が世帯主として働いており、父は扶養に入っています。しかし、父の育児への関わり方は十分とは言えず、結果として大部分を私が担っています。そして我が家は「所得制限に該当する世帯」となり、2人分の手当を受けることができません。数千万単位の収入があるわけでもないのに、なぜ所得制限で支援が受けられないのかという悲しさがあります。
確かにデイサービスやショートステイを利用できるのは助かりますが、ショートステイについては所得制限のため自己負担が重くのしかかります。支援を受けながらも、常にモヤモヤを抱えて生活しています。
世の中に伝えたいこと
私たちは、単なるルサンチマン※としてではなく、所得制限の是非について真剣に考えていただきたいと願っています。世の中の人々には、目に見える部分だけでなく、その背後にある生活の実態にも目を向けていただきたいです。
※ フランス語に由来する言葉で、「恨み」「怨恨」「嫉妬」といった、弱者が強者に対して内面に抱く複雑な負の感情を指す。
障害のある子どもを連れて外出できないのは、体調や介助の大変さだけが理由ではありません。心ない言葉を浴びせられることがあり、それを避けるために出かけること自体を控えざるを得ないこともあります。
「明日は我が身」――そう考えていただき、自らの問題としてこの課題に向き合っていただければ幸いです。
— ぽんちゃん さんのくらし