動態デザイン研究室100のくらし 一覧
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発達が遅いと感じていた娘が染色体異常であるとわかったのは、1歳4か月のときでした。その際、今後も支援なしでは生きていけないことを告げられました。現在、1歳10か月ですが、運動や知的な発達に遅れがあり、歩くことも、言葉を話すことも、自分の意思を誰かに伝えることもできません。同じ月齢の子どもを持つ親が当たり前に感じている「成長の喜び」は、私の生活にはほとんどありません。

娘がもっと小さい頃は、まだ赤ちゃんらしい見た目だったため、あまり気になりませんでした。しかし身体が成長していくにつれ、「言葉を話さないのは変だと思われるのではないか」「バイバイができないのはおかしいと思われるのではないか」「歩いていないことをどう見られているのだろうか」と感じるようになり、とても落ち込むことがあります。そのため、児童館や遊び場に連れて行くことに抵抗があります。「今何歳ですか?」という当たり前の問いかけですら、私には大きな負担に感じてしまうからです。

それでも、娘なりの成長は確かにあります。ようやく伝い歩きができるようになり、少し真似をする姿も見られるようになりました。ゆっくりではありますが、できることが一つひとつ増えていくたびに、大きな喜びを感じています。

世の中に伝えたいこと

私は、精神障害者や知的障害者に向けられる世間の視線が冷たいと感じています。そのため、娘をそのような社会に託して生きていかねばならないことに深い不安を抱いています。近年、「インクルーシブ」といった耳触りの良い言葉が使われる一方で、支援や福祉から障害のある方を切り離す政策が進められているように見受けられます。

「障害のある子を産みたくて産んだ人は1人もいない」という事実は、社会全体が共有すべき事項だと思います。しかし日本で障害のある子を育てるなかで、私自身や周囲の親たちは「すべて自己責任である」と突き放されているかのように感じることが少なくありません。「元気な子どもを産んで楽しく暮らし、普通の大人に育っていく」そんな当たり前の幸せを期待していた結果が障害であったとしても、それは親の選択や責任の問題ではないはずです。「障害者が生まれる可能性があるなら子どもを産むな」といった言説がまかり通るならば、当事者や家族に返す言葉はありません。

娘はおそらく生涯を通じて自分の生活費を賄えるだけの収入を得ることは難しいと思います。そのため、夫は必死に働き、投資の配当金などで娘が生きていけるように考えて考えて、本当に頑張ってくれています。しかしその結果として、所得が一定水準を超えたために多くの福祉給付や支援が所得制限によって受けられなくなっています。子どものために少しでも資産を残そうと勤め働けば働くほど、支援の対象から外れ、結果として子どもに残せるはずの資金が制度の外に流れてしまう───このような矛盾は到底納得できません。

現状は、障害者を産んだ途端に親の人生が終わるかのように感じられ、親が自らを犠牲にして生きていくことを強いられています。無理心中などの痛ましい事件を見ると「他人事ではないな…」と思う方はたくさんいると思います。政府がこの状況を静観し続けるならば、同様の悲劇は増える一方だと思います。

「死んだ方がマシ」と思わせないようにして欲しい。障害者の親にも、自分らしく生きる選択肢を与えてください。私は心から、その実現を願っています。

吉岡 さんのくらし