動態デザイン研究室100のくらし 一覧
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私たちの子どもは現在NICU(新生児集中治療室)に入院しています。原因不明の稀な骨系統疾患を持ち、脊髄損傷の状態で生まれたため、呼吸不全・四肢麻痺・難聴があります。人工呼吸器や経管栄養といった医療的ケアが欠かせません。妊娠経過は順調そのもの、NIPT※でも分からない疾患でしたので、出産まで何も予兆はありませんでした。

※ 「非侵襲性出生前遺伝学的検査」を指す。血液中に浮かんでいるDNAの断片(cfDNA)を分析する検査で、子どもにダウン症などの可能性がある可能性を調査する検査。

率直に言うと、「障害児を産んだら人生詰み」と言われることがありますが、それは全くの的外れとは言い切れないと感じてしまいました。私たち夫婦は20代、共働きで働き盛り。上の子もいて、これから一層仕事を頑張ろうと考えていた矢先のことでした。私は1年で職場復帰するつもりでしたが、自治体からは「保育園での受け入れは難しい」と言われています。経管栄養のみの子でも、親や訪問看護師が園に行って注入しているのが現状だそうです。これでは仕事復帰どころか、家庭での生活を回すことすら困難です。

ショートステイも人員不足で利用に制限があり、頼れる環境は十分ではありません。結果として、医療的ケア児を育てる親には「休む場所も時間もない」状況が生まれます。上の子との時間を確保するのも難しくなり、精神的・肉体的な負担はとても大きいです。それにもかかわらず、所得制限によって金銭的なサポートが受けられない可能性があると知り、絶望しました。妻が働けなくなるだけで収入は減るのに、障がい児育児に伴う出費はどんどん膨らみます。家を建てたばかりということもあり、将来を思うと不安でたまりません。もともと、3人子どもが欲しかったのですが、現在の状況で諦めなくてはならないかなと思っています。

さらに心を重くするのは、「障害児を産むのは自己責任」といった心ない言葉です。果たしてそうなのでしょうか。私たちの子は呼吸不全で生まれ、聞かれる間もなく人工呼吸器がつけられました。私たちは人工呼吸器をつけるか決めることすらできませんでした。しかし、呼吸器が装着されると二度と外すことはできません。それは殺人になってしまいます。「親のエゴで生かされている」わけでも「その子の意思で呼吸器をつけている」わけでもなく、今の社会が生かしているのです。日本の医療はトップクラスで、救えなかった命がどんどん救われています。とても尊いことです。けれどそれは、障害を持った人が増えていくということでもあると思います。医療的ケア児は、出生率は減っているのにどんどん増えてます。一方で、日本の医療の発達に福祉は全然追いついていません。

こんな状況では、そもそも子供を産むことが怖いと思うのも無理ないです。子供を産む世代は同時に社会を支える世代です。その世代が労働を諦め、子供を産むことを諦めるのは、国としても大きな損失なのではと思っています。

制度面でも疑問があります。医師が「小児慢性特定疾病に該当する」と診断していても、国の判定基準は成長を待たなければ判断できないものがあり、認定されるかどうかは不透明です。医師の診断書の意味もないし、診断されている疾患を国が受け入れてくれない可能性があること自体がとても悲しいです。

まだ子どもはNICUにいて、私たちと共に暮らしてはいません。けれど、まだスタートにも立っていないのにこんなに不安要素や、不足しているものがたくさんあると感じています。これから一緒に暮らすと、もっとたくさんの困難や不安が出てくるのかと思うととても苦しいです。

社会の支援などには絶望する中、我が子は我が子なりに頑張って成長しています。前よりも腕が動くようになった、足が動くようになった、目があったなど、些細な変化がとてつもなく嬉しいです。そして、こんな状況になったからこそ出会えた看護師さん、医師などの優しさに触れることもできました。みんなで我が子の成長を応援しているような気がしています。我が子が生まれなかったら知らなかった世界を知りました。

不安も大きいですが、決して不幸せではありません。

世の中に伝えたいこと

病気や障害を持って生まれてくるのは誰のせいでもありません。NIPTなどの検査もありますが、我が子のように生まれてからでないと重い疾患がわからない子もいます。疾患でなくても、突然の病気や事故で重い障害を抱えるリスクや、障害児の親になる可能性は誰しもがあります。まずは、今自分で息をして、自分でご飯を食べて、自分で立って歩けることは素晴らしいことなのだと思って欲しいです。

私は我が子はそれができないと知り、正直最初は「人として終わりなのでは?」と思いました。けれど、決してそうではないです。それらができずとも必死に生きている人、その家族がいます。自分たちの当たり前が正しいのではなく、いろいろな価値観があることをわかってほしいです。

えむ さんのくらし