私には中学1年生の知的障害と自閉症スペクトラムの息子がいます。幼少期は幼稚園と並行して、週2回の親子通所型療育に通っていました。お弁当持参で10時から14時まで、丸一日一緒に過ごすものでした。
小学校は地域の支援級に通いましたが、担任に必ずしも知識があるとは限らず、年度によって当たり外れがありました。ほとんど登校できなかった年もあり、中学からは特別支援学校に進学しました。支援学校は環境が良く安心していますが、隣市にあるため通学は少し遠く、最寄りのバス停も車で10分かかるので、夫と私で手分けして送迎しています。下校後は週2回放課後等デイサービス(以後「デイ」)を利用していますが、息子への負担や所得制限による利用料の上限が月4万円近い(37,200円)こともあり、それ以上は通わせられません。
息子が小学生の頃はデイを複数掛け持ちして私も仕事をしていましたが、シフト調整や利用日の調整、職場の理解不足などが重なり、体調を崩して辞めざるを得ませんでした。特別児童扶養手当は、息子の障害判明で療育手帳を取得した時から所得制限で対象外、学校を通して受けられる特別支援奨励費も数年前から所得制限がかかっています。あちこちに気を遣い頭を下げ頑張って働いても、手当や支援は制限だらけ。子供の障害にまつわる色々なことで世間の大半の人ができている事が全くできない状態です。
世の中の流れは「母親も働くべき」という方向に強まっているため、余計に肩身が狭く感じることも多いです。支援者や他の保護者からも「手当を受けている前提」で話されることが多く、話がかみ合わず孤立感を抱くこともあります。息子のほかに高校生の娘もいて、なんとか進路に必要な費用は確保していますが、もっと働いて貯蓄を増やし、娘の可能性を広げたり、自分たちの老後に備えたりしたかったという気持ちもあります。
それでも、子どもたちの成長に伴い、幼少期よりは自分の時間を持てるようになってきました。これからまた仕事や自分のための時間を作るチャンスを探していきたいと思っています。
世の中に伝えたいこと
「子どもが障がい児だなんてレアケース、運が悪かっただけ」「親も遺伝でおかしいはず、自業自得」「気にしすぎ、考えすぎ」「子どもは放っておいても成長する」――私はこれまで、そんな心ない言葉を実際にたくさん浴びてきました。
けれども、障がい児が生まれるのも、成長の途中で障害を負うのも、誰にでも起こり得ることです。決して特別な人だけの出来事ではありません。また、「所得制限がある=余裕があるはずだから、何を言ってもいい」という考え方も違うと思います。
福祉制度の整備は、今すでに問題を抱えている人たちだけのためではなく、これから問題を抱えるかもしれないすべての人に安心を与えるものです。障害や困難は「他人事」ではなく、誰にでも「自分事」として訪れる可能性がある。だからこそ、一人でも多くの人にこの現実を知り、考えてほしいと思っています。
— AN さんのくらし