弱視の子どもを育てています。見えてはいるものの、健常児ほど鮮明ではなく、どのくらい不自由しているのか、どんな場面で助けが必要なのかが周囲からは分かりにくい状況です。本人もまだ幼いため自覚が薄く、「小さいころから眼鏡をかけている子」としか見られないことも多くあります。
「できないかもしれない」という先入観なく挑戦できる点は良いことだと思う一方で、実際には「やりたくない」のではなく「見えにくさで困っているだけ」という時にそれが伝わりにくい難しさがあります。正直、親である私でも瞬時に見分けられないことがあります。
また、幼いこともあって「こんな小さいのに可哀想ね、大変ね」と声をかけられることもあります。けれども、子どもならではの可愛いデザインの眼鏡を選んでいるので、最後には「素敵ね、似合っているね」と言ってもらえることも多いです。本人が「眼鏡をかけるのは可哀想なこと」と思わず、自然に受け止めて過ごしていけるよう願っています。
世の中に伝えたいこと
眼鏡に限らずですが、補装具や医療機器など「何かを装備している子ども」を見かけても、それはその子にとって必要なものであり、その家庭では日常の一部です。「そういう暮らしのかたちなんだ」と自然に受け止めてもらえたら、とてもありがたいです。
— ひか さんのくらし