現在、中学2年生の次女が重症心身障害児で自宅で過ごしてます。障害者手帳は1級です。
出生後に産院で心臓病を見逃され、自宅で急変後、転送された病院で心臓手術をしましたが、大出血で何度も心停止しそれでも必死の医療のもと、命を繋ぎ止めることができました。しかし低酸素脳症が重度であり現在、寝たきり、気管切開、酸素療法、呼吸器、胃ろうの医療ケアもあります。笑う、嫌な顔をするはできますが自分からの動きはほとんどない状態です。特別支援学校に週4で通っており放課後デイサービスを週2で利用しています。
先月学校の修学奨励費が第Ⅲ区分(補助なし)という通知が来て、次に県より特別児童扶養手当の所得制限に引っかかり支給停止になりました。今後は放課後デイサービスも37,200円に、入浴サービス、レスパイト短期入所もそれぞれ37,200円になる事が予想されます。主人の給与は6万円超えただけで所得制限に引っかかりました。
賃上げの波や公務員なので年々給料の上昇はありますが、決して楽な生活ではありません。家族で外食すらもう何年もしてません。私は看護師として勤務してますが、給料のほとんどは自分の社会保障費と長女の大学の学費、親への仕送りで消えます。
私が働けるのは「次女が特別支援学校に通っている間」か「75歳の母が他県から手伝いにきてくれる日」「主人が休みの土日祝日」だけです。なので、家族全員が集まる休日はほとんどありません。主人も平日は仕事、土日は娘のお世話で休みはない状態です。
毎朝、娘の支度(水分補給、食事注入、着替え、浣腸など)と家事を朝6時から8時まで行います。自分の朝食は取れない事も多く、大きなバギーに40キロの娘を1人で抱っこし、車で学校へ送迎し、保健室で学校の先生が到着する前から学校で並び、看護師や先生に申し送りをし、その後急いで職場に向かい遅刻して仕事をする日々です。
朝早くから働く事ができない、長期休みの間、放課後デイは10〜16時と短く、仕事もできません。病状で休む事もある事から正社員としては働くことは勿論できず、パートですら「職場の理解があってなんとか働けている状態」です。
支援学校に丸1日付き添いする事もあり、担任が変わる度に医療ケアの手技取得のため付き添い、宿泊学習、修学旅行などは医療ケアがあるので親の付き添いがないと参加できません。そして修学奨励費も打ち切られたので、修学旅行の保護者付き添いの費用も自腹で払わなくてはなりません。
修学旅行費も年々値上がっており、他の区分の子をみると8万まで補助とありますが、所得制限に引っかかると補助は0円です。保護者の付き添いは絶対で、強要されるのに保護者の宿泊補助もなく娘と合わせて修学旅行費が高額になったら、可哀想ですが修学旅行も諦めようかと思っています。
医療ケアがあるためスクールバスには乗れません。県より送迎を支援する制度が始まりましたが、保護者が看護師と介護タクシーを探す仕組みになっており早朝に対応できる看護師がいなく、なかなか話が進みません。失礼かもしれませんが役所の人が考える支援は現場の声にそぐわない事が多いように感じます。
通学支援の補助も少なく週1回利用できるかくらいの補助で保護者の負担軽減になりません。スクールバスは毎日学校への送迎してくれて費用負担はなし、医療ケア児は親の送迎を強要されるのに補助は週1回のみです。
家から「行ってらしゃい」と送り出せたら早くから働けるのに、学校も終了が早いので14:30までにお迎えになります。健常児は放課後ルームが学校にあって8,000円とオヤツ代2,000円で日数制限なく預けられます。預けられる時間も長いです。一報、特別支援学校には放課後ルームはなく、民間の放課後デイを利用しないといけません。
学校→放課後デイ→自宅と「車に乗ってる時間の方が長いのでは?」と思う事もあります。長い移動時間は、子供の身体的負担も重くなります。また、重症な子は「急なお休み」になる事も多く、放課後デイからは嫌がられる傾向にあります。だったら学校でそのまま看護師が預かってくれたらどんなに良いか、こどもも体力がないのであちこちに移動は厳しいです。
とにかく働くことが大変です。
でも兄妹の学費を稼ぐために頑張って働いたら所得制限に引っかかります。頑張って毎朝大変な思いで学校へ送迎し、1週間でまとまった休みもなく「11連勤」なんてザラにあって、働いて、手当も減り、放課後デイや必要な入浴サービスなど、必要なお金が極端に増えます。支給停止の手紙が届いてから理不尽なこの制度に働く意欲も削がれました。疲労、夜中のアラームで目が覚めて痰の吸引、体位変換、睡眠不足。親も歳をとる。限界がきています。
手当がゼロになったため、高くなった福祉サービスを利用するために、もっと働かないといけません。でも預かってくれるところがなく働けません。看護師の仕事は大好きで、社会と関われてる時間と娘の笑顔が自分の存在価値を確認できる時間です。
次女を取り巻く医療制度も、15歳(18歳)の壁で小児科から出されます。現在往診も受けてますが具合が悪くなった時に受けてくれる病院がほとんどありません。昔の担当医に「こどもを助けてほしい」と言ったら「障害児に対する手当もアメリカみたいにだんだん減ってくるんだよ、兄妹にも迷惑がかかるし」と微笑まれた事がありました。
悔しくて悔しくて。
障害児は生きてる価値ないんですか?
彼らも「嬉しい」と笑う「人間」です。障害児をみる世間の目も温かい人はたくさんいますが、厳しい目もあるのは事実です。手当がもらいたいんじゃない。世間に迷惑はかけたくない。仕事をしたい。障害児を産んでも自分のキャリアを捨てずに働きたい。
ただそれだけです。
障害児を抱えたら一気にこんな罰ゲームみたいな世界が待っている。少子化対策をするならどんな子供も平等に取りこぼしもなく安心して子供が産める世の中にしてあげて欲しいです。
世の中に伝えたいこと
自分が同じ立場だったらどうか?
少しでも障害の世界を想像してくれたら嬉しいです。
— coco さんのくらし